江戸時代、全国を測量した伊能忠敬(1745~1818)の没後200年の本年、大任町で伊能忠敬ゆかりの植樹が行われました。大任町の「十輪院」は伊能忠敬の「測量日記」に登場します。日記には「測量隊が英彦山から現在の添田町を経て北に進み『下今任村 十輪院にて宝蓋松阿里(あり)』と記されている」そうです。「1923年の写真には、樹高十数メートルの松の巨木が写って」います。ところが、「宝蓋松は約50年前、田川地域の炭鉱閉山に伴う鉱害復旧工事や松くい虫の影響で枯れ」てしまったそうです。そこで、「『宝蓋松』を再現しようと地元有志が新たな松を(十輪院の)境内に植樹」されたのです。「伊能さんの没後200年の節目に松をいただきありがたい。大切に育てていきたい。」と名誉住職の藤本さんは話されています。
大牟田にも伊能忠敬の足跡は残されています。大牟田川の五月橋のたもとに記念碑が建てられています。
(2018年5月12日西日本新聞-吉丸宣孝「伊能忠敬の『宝蓋松』再び 没後200年 測量日記の十輪院に植樹 あす 大任町で披露」より)
大牟田にも伊能忠敬の足跡は残されています。大牟田川の五月橋のたもとに記念碑が建てられています。
(2018年5月12日西日本新聞-吉丸宣孝「伊能忠敬の『宝蓋松』再び 没後200年 測量日記の十輪院に植樹 あす 大任町で披露」より)