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グスク内の殿の前に立つ鳥居
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フラットでかなりの広さがあるグスク内
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グスク内にある奇妙な形をした「 火の神 ( ヒヌカン ) 」
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瀬底島の守り神となっている「土帝君」
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グスクや土帝君へ続く石段
瀬底グスクは、本部半島の沖に浮かぶ瀬底島に築かれたグスクである。
グスクは殿と火の神が祀られており、攻防を目的としたグスクではなく、
信仰を対象とした聖域性のグスクだと思われる。
この瀬底グスクの近くには、瀬底島の土の神さま「土帝君」が祀られている。
そのことを考えても島の聖域のグスクだと思われる。
瀬底島の 「 土帝君 ( とーてぃーく ) 」 は、
瀬底公民館裏の近くの森に瓦葺きの祠に祀られている。
この土帝君は1721年、瀬底島の健堅親雲上 ( けんけんぺーちん ) ・上間家が、
山内親方に随行して清国 ( 中国 ) に行ったおり、
木像を持ち帰って祀ったものである。
上間家は二世から五世まで本部間切の地頭代をつとめ、
「 瀬底イェーキ 」 と呼ばれる豪農であった。
五世の健堅親雲上は数々の社会事業に貢献したことで
琉球王府から 「 善行家風 」 の掛け軸を賜った。
また、1851年には国場親方王丕烈のになる「厚徳」の扁額を賜り、
土帝君の祠に現存する。
上間家はヌル職も任命された。
毎年旧暦2月2日 ( 土地の神誕生日とされる ) には、
上間家と字の合同で土帝君祭が行なわれる。
「 土帝君 」 は沖縄の造語で、土地帝王の君と解釈されよう。
台湾や華僑では土地公・土地爺・福徳正神と呼ばれ、
農業神・航海神・健康の神として信仰されている。
瀬底グスクへのアクセス
瀬底グスクへは、国道449号線を名護市から本部町の中心街に向かう途中に
左側に浮かぶ島が瀬底島であるが、今は「瀬底大橋」があるので、橋を渡って
1キロほど行くと左手に公民館がある。その先を左に入ったところがグスクである。
駐車は、グスクの入り口の空き地に駐車できる。