フレンキッシェユラの岩場については書くことが沢山ある。しかし資料を集めてから出かけたわけではなので、なかなか纏まらない。調べたりすることが多過ぎる。それでも先ずは大まかな旅行記として書いておこう。
手元には僅かな資料しかなかったので、それを基にして、ホテルにチェックインする日曜日の十三時までに岩場を見学した。そのために五時前に起きて、六時過ぎに出発したのだった。夜の公演に合わせて、十五時頃にはホテルを出るので、空いているアウトバーンを飛ばして時間を作った。
ヴァインスベルクを過ぎて暫くするとバイエルンなので車も少なくなり走り易くなる。ニュルンベルクから降り口までは早かった。そこから車の通行も殆どない田舎道を走る。岩場や洞穴で有名なポッテンシュタインに着くと奇岩が国道が通る谷の両岸に並ぶ。
問題なく宿の町へと車を走らせ宿の場所を確認後、再び谷へと降りていく。そこから川の上流の方へと入ると暫くして駐車場にクライマーを見つけた。丁度十時頃になっていたので、多くが登り始める時刻である。そこで資料を写させて貰ったり、トップロープを掛けやすい岩場を教えて貰った。
そしてそれを目指して行くと駐車場には既に車が大分あって、野原を渡るクライマーに声を掛けた。後から分ったのだが、彼らはポーランドから来ているようだった。難易度5.13を登りに来ていた。彼が克服するところは席を外していて見れなかったのだが、余裕をもって登っていたようで可也の技術力は感じ取れた。確保してくれると言ったが、その夜に公演があるので、厳しいことになると思って辞した。たとえ私が挑戦しても5.12が限度だろう。先ず技術がない。
その岩場は本当に高さは低いのだが結構横に長いので可也のルートがあり人気の岩場であるのは分った。技術難度にして5.11ぐらいが多いが、5.7から少なくとも5.13まであるのだ。あの周辺に住んでいたら間違いなくこの程度のものは頻繁にこなしていただろうと感じた。兎に角、石灰特有の手掛かりと乾いた感じが気持ちよかった。その後、昼飯を岩場で頬張ってから、ホテルにチェックインしたが、なにも登らないでも結構汗を掻いたのだった。
翌日は、バイロイトへの途上で岩場の場所の確認をした。帰宅後、再度の滞在では、先ずはポッテンシュタインにあるクライマー団体の情報立て札を写真撮影して、その他の岩場の場所等を確認する。
最も目指していたのは既に事故で亡くなったクルト・アルベルトがレッドポイントを設定した岩場やルートの見学である。なるほど石灰岩は確りとボルトを埋め込めるので、それだけ中間確保用に打ってあれば、それに乗りかからないことが重要になるのは当然である。このあたりは雑食砂岩の自ら中間支点を設置していく岩場とは大分事情が違う。どちらがスポーツクライミング向きかと言えば明らかだ。しかし、この地方のクライミングの真髄はまた一寸違ったところにあったことを、一日中探し回って、ソロで試し登りをして分った。(続く)
参照:
煙に捲かれるナルシスト 2010-05-23 | 生活
キリストの昇天に飲む「神の棺桶」 2010-05-19 | ワイン
農民国から帰宅する都会人 2010-05-17 | アウトドーア・環境
手元には僅かな資料しかなかったので、それを基にして、ホテルにチェックインする日曜日の十三時までに岩場を見学した。そのために五時前に起きて、六時過ぎに出発したのだった。夜の公演に合わせて、十五時頃にはホテルを出るので、空いているアウトバーンを飛ばして時間を作った。
ヴァインスベルクを過ぎて暫くするとバイエルンなので車も少なくなり走り易くなる。ニュルンベルクから降り口までは早かった。そこから車の通行も殆どない田舎道を走る。岩場や洞穴で有名なポッテンシュタインに着くと奇岩が国道が通る谷の両岸に並ぶ。
問題なく宿の町へと車を走らせ宿の場所を確認後、再び谷へと降りていく。そこから川の上流の方へと入ると暫くして駐車場にクライマーを見つけた。丁度十時頃になっていたので、多くが登り始める時刻である。そこで資料を写させて貰ったり、トップロープを掛けやすい岩場を教えて貰った。
そしてそれを目指して行くと駐車場には既に車が大分あって、野原を渡るクライマーに声を掛けた。後から分ったのだが、彼らはポーランドから来ているようだった。難易度5.13を登りに来ていた。彼が克服するところは席を外していて見れなかったのだが、余裕をもって登っていたようで可也の技術力は感じ取れた。確保してくれると言ったが、その夜に公演があるので、厳しいことになると思って辞した。たとえ私が挑戦しても5.12が限度だろう。先ず技術がない。
その岩場は本当に高さは低いのだが結構横に長いので可也のルートがあり人気の岩場であるのは分った。技術難度にして5.11ぐらいが多いが、5.7から少なくとも5.13まであるのだ。あの周辺に住んでいたら間違いなくこの程度のものは頻繁にこなしていただろうと感じた。兎に角、石灰特有の手掛かりと乾いた感じが気持ちよかった。その後、昼飯を岩場で頬張ってから、ホテルにチェックインしたが、なにも登らないでも結構汗を掻いたのだった。
翌日は、バイロイトへの途上で岩場の場所の確認をした。帰宅後、再度の滞在では、先ずはポッテンシュタインにあるクライマー団体の情報立て札を写真撮影して、その他の岩場の場所等を確認する。
最も目指していたのは既に事故で亡くなったクルト・アルベルトがレッドポイントを設定した岩場やルートの見学である。なるほど石灰岩は確りとボルトを埋め込めるので、それだけ中間確保用に打ってあれば、それに乗りかからないことが重要になるのは当然である。このあたりは雑食砂岩の自ら中間支点を設置していく岩場とは大分事情が違う。どちらがスポーツクライミング向きかと言えば明らかだ。しかし、この地方のクライミングの真髄はまた一寸違ったところにあったことを、一日中探し回って、ソロで試し登りをして分った。(続く)
参照:
煙に捲かれるナルシスト 2010-05-23 | 生活
キリストの昇天に飲む「神の棺桶」 2010-05-19 | ワイン
農民国から帰宅する都会人 2010-05-17 | アウトドーア・環境