日曜日の早朝の森の中は気温摂氏7度しかなかった。それでも陽射しがあるといい汗を掻く。これぐらいの気候が一番いい。水曜日、木曜日とルツェルンなので、週末から続けざまに走っておいた。これで週末再び体を動かせば十分だろうか。日の入りが早くなり、日の出も遅くなるので寝起きが辛い。
その森からの帰路、車中の文化波ラディオは、ケムニッツでの騒動などに関連してニュースを伝えていた。その前に米軍の沖縄と海外一位を競うエアーベースラムシュタインで30年前に起きた飛行機ショー事故の話題が流された。パイロットを含めて観衆が70人も犠牲になった事件だった。
ケムニッツの件は久しぶりに大事になった事件のようである。祭りの際に外国人との争いで刺殺されたことからケムニッツ市中が西部劇の街のようになっている。外国人とみれば襲撃して血祭りにあげろと騒いでいるので、日本の人種主義者グループと全く変わらない。サッカーのファンクラブのフーリガンやPEGIDAなども皆、根は同じである。西ドイツならばあり得ない光景であるが、二十数年前までは社会民主共和国だったところなのでそれほど驚かない。街中でドイツ人にも人権を認めろと騒ぐような爺さん婆さんは死ぬまで変わらない。洗脳教育とその反作用は怖いものである。それにしても、なぜあの手の無教養な連中は同じような言葉を使うのだろう。要するに逆差別がそこに存在して「ドイツ人にも人間らしさを」などとぬけぬけと言えるのか理解に苦しむ。世界中で同じような語法が流通している。ドイツのようなプロテスタンティズムの国でこうした意味の倒錯した言葉が使われるとは思わなかった。やはり行間を読んでいたような東ドイツ人民の表裏のある生活信条がそのような人を形成してしまうのだろうか ー どこか管理社会の日本人民に似ている。
WUT IN CHEMNITZ: Bundesregierung verurteilt "'Hetzjagden" scharf
それが安物の所謂日本で呼ばれるようなネトウヨ勢力の結集となって、ベルリンにおいても野党第一党になっているのが現状である。そして放送は伝える。ケムニッツだけでなくてドレスデンなどでも音楽家が先導していて、多くの親派とそれ以外の者の沈黙がそこにあると。勿論ここで名前こそ挙げられていないが先導者というのは指揮者クリスティアン・ティーレマンを代表とする。流石に「血祭りにあげろ」とは叫ばない。社会的立場があるからだ、そして明日から仕事が無くなるからだ。しかし、謂わんとしていることは今でも変わらない。「ローエングリン」の歌手がポーランド人になったことについてのコメントに関しても、ミュンヘンの劇場の広報部長などはその発言の主旨をしっかりと嗅ぎ取っていた。こうした人間がインターナショナルなニューイヤーコンサートなどに登場してよいものなのだろうか?少なくともそぐわないと感じて当然である。
一方、昨年日本でペトレンコと共演したユダヤ系移民ドイツ人ピアニストのイゴール・レヴィットも早速盛んにネット活動をしている。正直最初は彼のカウンター活動にはあまり共感出来なかったのだが、その考え方も分かってくると支援したいぐらいに思うようになった。その考え方は簡単である。PEGIDAのような主張や活動をその当然過ぎるような主張を放っておくと、AfDのような政党が野党第一党になり、取り返しのつかないことになりかねないということだ。つまり臭いものは元から絶たなきゃダメで、今回の件でも恐れているようでは余計に奴らを助長させて、本当に大変なことになってしまうという危惧である。だからネトウヨ同様の輩も片っ端からモグラ叩きのように叩いて行かないと手遅れになるという事になる。つまり広い市民層が、差別などは絶対許さないという強い姿勢で挑むことが必要になる。
焦って来た。先ずは燃料を満タンにしないといけない。スーパーも先に済ましておかないと午前様の帰宅の翌日が時間的に厳しくなる。服装も迷うところだ。もはや暑くはないが、小ざっぱりしたいと思う反面、遠くて映らないが二日目は実況中継で、場合によっては将来も残りそうな公演となる可能性が強いので、おかしな方に色合いだけでも目立ちたくはない。ホテルのチェックインは15時からなので、10時過ぎに出発して、年間通行券ヴィニェッテなどを購入して、ピクニックしながら走ればよいだろうか。ホテルで着替えて、一休みしてからでも十分に間に合う。コンサート後にしか食事をしないので準備しておかないといけない。そもそも最後のルツェルンの音楽祭訪問はクラウディオ・アバドの最後の年だったから数年前のことだが、車では頻繁に走っているので距離的な感覚は残っている。走行距離340㎞で、全くミュンヘンと変わらないが、道路状況は異なる。上手く走れば、交通量が少ないのでこちらの方が楽である。燃料も満タン一回で出来れば往復したいが、現地でどれぐらい走るかが今一つ計算できない。ホテル往復は7㎞以下と近いが、気持ちの良いところでお昼やお勉強でもしようと思うと未知の距離を走らなければいけなくなる。
参照:
Go home & never come back! 2017-08-24 | 歴史・時事
ヒトラー革命と総ミュンヘン 2015-11-11 | 暦
その森からの帰路、車中の文化波ラディオは、ケムニッツでの騒動などに関連してニュースを伝えていた。その前に米軍の沖縄と海外一位を競うエアーベースラムシュタインで30年前に起きた飛行機ショー事故の話題が流された。パイロットを含めて観衆が70人も犠牲になった事件だった。
ケムニッツの件は久しぶりに大事になった事件のようである。祭りの際に外国人との争いで刺殺されたことからケムニッツ市中が西部劇の街のようになっている。外国人とみれば襲撃して血祭りにあげろと騒いでいるので、日本の人種主義者グループと全く変わらない。サッカーのファンクラブのフーリガンやPEGIDAなども皆、根は同じである。西ドイツならばあり得ない光景であるが、二十数年前までは社会民主共和国だったところなのでそれほど驚かない。街中でドイツ人にも人権を認めろと騒ぐような爺さん婆さんは死ぬまで変わらない。洗脳教育とその反作用は怖いものである。それにしても、なぜあの手の無教養な連中は同じような言葉を使うのだろう。要するに逆差別がそこに存在して「ドイツ人にも人間らしさを」などとぬけぬけと言えるのか理解に苦しむ。世界中で同じような語法が流通している。ドイツのようなプロテスタンティズムの国でこうした意味の倒錯した言葉が使われるとは思わなかった。やはり行間を読んでいたような東ドイツ人民の表裏のある生活信条がそのような人を形成してしまうのだろうか ー どこか管理社会の日本人民に似ている。
WUT IN CHEMNITZ: Bundesregierung verurteilt "'Hetzjagden" scharf
それが安物の所謂日本で呼ばれるようなネトウヨ勢力の結集となって、ベルリンにおいても野党第一党になっているのが現状である。そして放送は伝える。ケムニッツだけでなくてドレスデンなどでも音楽家が先導していて、多くの親派とそれ以外の者の沈黙がそこにあると。勿論ここで名前こそ挙げられていないが先導者というのは指揮者クリスティアン・ティーレマンを代表とする。流石に「血祭りにあげろ」とは叫ばない。社会的立場があるからだ、そして明日から仕事が無くなるからだ。しかし、謂わんとしていることは今でも変わらない。「ローエングリン」の歌手がポーランド人になったことについてのコメントに関しても、ミュンヘンの劇場の広報部長などはその発言の主旨をしっかりと嗅ぎ取っていた。こうした人間がインターナショナルなニューイヤーコンサートなどに登場してよいものなのだろうか?少なくともそぐわないと感じて当然である。
一方、昨年日本でペトレンコと共演したユダヤ系移民ドイツ人ピアニストのイゴール・レヴィットも早速盛んにネット活動をしている。正直最初は彼のカウンター活動にはあまり共感出来なかったのだが、その考え方も分かってくると支援したいぐらいに思うようになった。その考え方は簡単である。PEGIDAのような主張や活動をその当然過ぎるような主張を放っておくと、AfDのような政党が野党第一党になり、取り返しのつかないことになりかねないということだ。つまり臭いものは元から絶たなきゃダメで、今回の件でも恐れているようでは余計に奴らを助長させて、本当に大変なことになってしまうという危惧である。だからネトウヨ同様の輩も片っ端からモグラ叩きのように叩いて行かないと手遅れになるという事になる。つまり広い市民層が、差別などは絶対許さないという強い姿勢で挑むことが必要になる。
焦って来た。先ずは燃料を満タンにしないといけない。スーパーも先に済ましておかないと午前様の帰宅の翌日が時間的に厳しくなる。服装も迷うところだ。もはや暑くはないが、小ざっぱりしたいと思う反面、遠くて映らないが二日目は実況中継で、場合によっては将来も残りそうな公演となる可能性が強いので、おかしな方に色合いだけでも目立ちたくはない。ホテルのチェックインは15時からなので、10時過ぎに出発して、年間通行券ヴィニェッテなどを購入して、ピクニックしながら走ればよいだろうか。ホテルで着替えて、一休みしてからでも十分に間に合う。コンサート後にしか食事をしないので準備しておかないといけない。そもそも最後のルツェルンの音楽祭訪問はクラウディオ・アバドの最後の年だったから数年前のことだが、車では頻繁に走っているので距離的な感覚は残っている。走行距離340㎞で、全くミュンヘンと変わらないが、道路状況は異なる。上手く走れば、交通量が少ないのでこちらの方が楽である。燃料も満タン一回で出来れば往復したいが、現地でどれぐらい走るかが今一つ計算できない。ホテル往復は7㎞以下と近いが、気持ちの良いところでお昼やお勉強でもしようと思うと未知の距離を走らなければいけなくなる。
参照:
Go home & never come back! 2017-08-24 | 歴史・時事
ヒトラー革命と総ミュンヘン 2015-11-11 | 暦