Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

赤飯擬きで祝う

2024-01-03 | マスメディア批評
元旦に文化大臣ロート女史の声明が通信社に向けて出ている。バイロイト音楽祭に関してである。既に話題になっていた連邦政府が主導権を持つ話に関してである。要するに以前は三分の一あった友の会の発言力が減らされた。

その背後事情として2.4ミリオンユーロへと1ミリオンユーロの寄付金減少とある。出資する経済力がなくなったいうことであり、連邦政府が改築費用を出すことが全てである。因みに同じように連邦政府は3.4ミリオンユーロ出すためにその位置づけが変わる。

それによって、ロート女史はプログラムに責任を持ち、執行部の全面支援をすると声明した。つまり執行部が連邦政府の意に適う陣容でなければいけないということだ。

具体的には、平土間に座る人々に社会の多様性を反映させたいということだ。既に様々な議論を生じさせている女史の真意であるが、客観情勢からして、ヴォルフガンク・ヴァ―クナー時代に権勢を誇った友の会のいつものような人が陣取るのを是正したいということだ。その背景には協会の重鎮であったマンハイムの会長の死などに表徴される世代交代がある。

要約すれば、ヴァ―クナーファンなどはドイツ連邦共和国ではなつまみ者のオタク。そうした聴衆の為に貴重な税金を使えないということ。だから開かれた将来性のあるヴァ―クナーの芸術の為に芸術祭を催すということ。

元旦に赤飯擬きを炊いた。大晦日から元旦へと色々なものを食過ぎて、軽く食べたかった。その前に晴れ間を活かして走った。幸いなことに身体は重かったのだが戻って来ての軽量は大台に至っておらず、不健康な体重増加は避けられた。アルコール量と食事そして籠っていたので心肺機能など不安はあった。それで毒抜きが出来た。

赤飯擬きとしてフジッコの煎り黒豆と呼ばれる北海道産の黒大豆を炊飯器で米と一緒に炊くだけである。米さえもう少しそれらしいもち米などを使えば、なにもそれ程赤くなくても悪くはない。簡単に郵送できるものなのでとても使いやすい。日本からのお土産に貰った時はビールのあてにしてはそれ程ではないと感じたのだが、使えると分かった。

日本にいた時も赤飯などは年に二度も食するかどうかもものだったのでこれで十分である。前日にはバラ寿司も作っておいて元旦は蒸寿司だったので米尽くしであったが、食するものは沢山あった。

リースリングも年末年始で三種類のグランククリュを楽しめたので満足であった。どれも全然悪くはなかった。十年前後物を並べたのであるが、飲み頃であった。まだ数年楽しめても瓶熟成頂点であったものもあった。

今年の経験から今後も十年前後のグローセスゲヴェックスを年末年始に明けるのがいいと感じた。食事にも合わせ易く、且つその個性が旨味としてが出ている。果実風味が上手に統合されている。具体的には改めたいが、魚料理や日本風の味に合わせて、スレート土壌のラインガウ、ナーヘ、ザールの三種類のリースリングを開けた。



参照:
Claudia Roth will mehr „Diversität“ in Bayreuth durchsetzen, dpa vom 1.1.2024
菊牛蒡とタロイモの年始 2016-01-03 | 料理
芸術音楽が表現するもの 2022-03-07 | 文化一般
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