Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

テレージア公に抱かれる

2024-10-22 | 文化一般
体調が変わってきている。何がどうかは分かりにくいが、決して否定的ではないのだが、原因がよく分からない。体重の増加と若干筋力への志向が強くなっていて、実際に筋力を使うことが増えてきている。それ以前に決してダイエットと称して熱量を抑えてきたわけではないのだが、眼精疲労とかは弱くなって、顔もふくよかになってきている。

運動量を減らしている訳でもないのだが、昼飯を食して走って帰って来たら3㎏増えていた。ここ数年なかったことだ。ブランチの取り過ぎはあるのだが、暖かかったゆえに運動量を上げてもここまで太るのはおかしい。心拍数はその息苦しさとは裏腹に162までしか上がっていなかった。これをどう分析できるか分からない。

兎も角以前よりも栄養が行き渡って吸収も多いのは活性化している感じでもあり、夏の間に太らなかった分が今頃に表れて来ている感じがする。恐らく心理的なストレスが大きかったのだろう。眼精疲労にも通じていると感じる面だ。

就寝時に気が付いていたのだが、腰の違和感が曲がられないほど酷くなった。週末からの無理な体勢などでストレスが掛っていたからだろう。十代から時々腰を痛めたことがあって、ぎっくり腰は驚いたが、その後も精々二週間ぐらいで回復することが多かった。今回は直ぐに治りそうだが、痛めて分かる腰の重要性だ。それほど普段は無意識にいられて、大抵は内臓の方に意識が向く。

そこで感じるのはタチーノからの帰りにワイン地所に寄って、陽射しの下にいてピクニックなどをしたのに眠気は帰路の極一部でしか感じられなかったのは驚きでしかない。夕方に帰宅できたことも大きいが、前夜の睡眠時間は5時間を切っていて、アルコールも入っていて、眠気とそれ程戦わずに無事帰宅できたのは眼の調子がよくなっているのと心理的なものがあったかもしれない。どうもあの頃から大分体調が変化している。

もう一つの大きな変化は、ミラノの公演以降未だに余韻に浸っていることで、これはとても珍しい。「ばらの騎士」三幕に関しては改めて纏めることになるのだが、心理的にもとても効果が甚だしかった。やはり音楽劇場の作曲家リヒャルト・シュトラウスの価値は正しく上演されて初めてその真価が問われるというやはり100年を経ての古典としての評価が漸く為されるのを実感する。

そしてそういう公演がミラノという街で為されたことも改めてその文化的な背景を感じることになった。作家ホフマンスタールがザルツブルクのバロックの街について書き尽くすのと似たようにアールヌヴォーやデコなどをつまり創作の時代をそこに見た。

スカラ座のHPにはペトレンコの紹介として、ミラノの聴衆が毎夏上タチーノを越えてザルツブルクへと通うその経路にペトレンコが西欧に出合った街フェルトキルヒがあると記する。そのバロック音楽からまだ巡り合っていなかったブルックナーやマーラーの世界を知ることになるボーデン湖のフェルドキルヘと興味を引く文章としている。そしてミラノの劇場はマリアテレージア公がクラシズムのピルマリニーに作らせた。まさしく初演1911年3月とその1月に世界初演された楽劇がセラフィン指揮で上演されていた。



参照:
瞬くその逡巡の時 2024-10-21 | 文化一般
旧年中の動画と文化的時差 2005-01-08 | 文化一般
コメント (2)
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