Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

幻のコモ湖畔の昼食

2024-10-15 | 雑感
雨の合間に走った。四日間殆ど歩いていないのでとても厳しかった。車で移動していると旅行中に歩いたのは駐車場とスカラ座との往復、ワイン地所での写真撮影に50メートル四方内、それ以外ではコモ湖で数十メートル、それが全てだ。合わせても数百メートルも行かない。

更にシークレットシューズで膝に来て、中敷きのお陰で靴が狭くなっているので、土踏まずが押さえられていた。ハイヒールしか履かない女性が膝を傷めるのもよく分かった。更に中敷きを入れてから初めて長い時間を履いて、やはり一寸厳しくなった。型が崩れてきたら変わるのだろう。

苦しんで戻って来て体重をはかると3㎏ほど増えていた。真面な食事を摂れなかったのに理由が分からない。運動を止めたら直ぐに代謝が落ちて太ることが明白だ。太るのは何も食べ過ぎだけではないようだ。

スカラ座に向かう前にコモ湖畔で昼食をと思った。魚介レストランをネットで見つけたが、予約なしではどうかなと思いながらそちらに向かった。然し前日に下見した国境とは異なる所に導かれて、結構街中をうろうろ走った。最終的には湖畔道路に戻って来て、公園などを観たのだった。素晴らしいどころだが、これといったところは見つからなかった。既に14時に近くなっていたので、そこで昼食は諦めて、ピクニックにして、今後の為に土地勘がつくように走り回った。

やはり湖畔道路は何処もかも道が狭く、宿泊しても不便そうでもあった。今後ミラノに通うとすれば国境を跨がずに湖畔でと思っても車での条件はそれほど良くない。それはザルツブルグの湖畔地方とは大きく異なる。

ミラノ市内はナヴィの助けでと書いたのだが、渋滞よりも複雑な道程が慣れないとスピードが出し難く時間が掛かった。週末だったの交通量は往復ともそれ程ではなかった。

23時32分の出庫で市街地を抜けるのも思ったよりも時間が掛かり、最終的に工事とかでコモに降りてしまったので余分に一時間ほど走った。既に夜中の1時を過ぎていた。それでも通行量は山中の狭い道路でも多く、背中を浮かしてハンドルを握り必死で走らなければいけなかった。

帰宅して2時過ぎからジャガイモサラダを食して、缶ビールと赤ワインを飲んで、就寝が3時半前となると、朝の9時前にしか撤収活動がならなかった。睡眠は足りなかったが、ある程度の前夜の興奮もあり、10時20分ぐらいまで宿泊場所の駐車場でネットに入って、ナヴィ等の準備をした。

なぜならば往路にワイン地所を確認できなかったことと、ゴッタルダ峠前で2010年に登ったテッシンで最も長いクライミングルートの場所が確認できなかったからである。復路にそれらを確かめるのが目標となった。

先ずは比較的安かった燃料を求めてメンドリーシオというところで降りて、ドイツまでの20リットルを給油する。まだ髭も剃っていなかった、そんな時間もなかったのだ。



参照:
マッジョーレ湖の風が快い汗 2010-09-27 | アウトドーア・環境
持ち交わす共感のありか 2024-10-14 | アウトドーア・環境
コメント (2)
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