Wein, Weib und Gesang

ワイン、女 そして歌、此れを愛しまない輩は、一生涯馬鹿者であり続ける。マルティン・ルター(1483-1546)

ゲットーの光の影

2024-10-18 | 
週明けのベルリンの新聞にエンゲルがインタヴューを受けていたようだ。中身を読めなかったのでそのままにしておいた。見出しも「テレージアンシュタットのゲットーに収容されていた作曲家の音楽」となっている。一番有名なウルマン、今年ハイデルベルクで聴いたパヴロハースの作曲にしても私が知るエンゲルのレパートリーではないので不思議に思っていた。

10月13日に催し物があったようだ。80年前にゲットーが設置されたらしい。その演奏会でエンゲルが講演していて、その内容があがっていたので読んだ。

ベルリンからユダヤ人がドレスデン近郊のゲルニッツとプラハの間にあるテレージアンシュタットに送られるにあたって停車駅があったのがクロイツベルクのメッケルンキエツで、そこの一番線が記念碑となっていて、分岐器が設置されている。

エンゲルは自らクロイツベルクの住人と語り、テレージアンシュタットでの音楽活動についての興味を持ったようである。そこでの音楽活動としてナチのSSの宣伝フィルムが有名で、戦前から成功していて戦後に世界的に活躍するカルル・アンチェル指揮でのハース作「弦楽の為のファンタジー」の初演風景が残っている。それに関する戦後のインタヴューでの映像で、初演の翌々日には家族諸共バラバラにアウシュヴィッツに送られて二度と相まみれることはなかったと語っている。

"THE FUHRER GIVES THE JEWS A CITY" WWII GERMAN PROPAGANDA FILM 19064


そこでの活動は、然しエンゲルが語るにはユダヤ人の芸術家にとっては最も可能性があった事には違いないとしている — その証拠として、そこでの映画ではナチの勢力圏ではメンデルスゾーンもオフェンバッハもユダヤ人の音楽として演奏禁止されていたものが演奏されている。即ちナチの影響下においては所謂頽廃的音楽とされたものは演奏されなかったので、その分そこでは例えばジャズのイデオムが使われたという。

それに並行してナチ政権下では20世紀のオペレッタの損失があったという。そこに文中リンクを張っているように奇しくもエンゲルの繰り上げミュンヘンデビューとなったレハール作曲「ジュディッタ」について触れられている。そのことをしてベルリンの今閉鎖へと圧力が掛かっているコーミッシェオパーが評価されている。然し同時にそれが創作へと繋がっていないことを婉曲的に指摘する。

前者のジャズのそのリズム的なビート感覚が亡命ユダヤ人で戦後の新しい音楽を導いたアドルノによって誤ってファシズムを意味する行進曲と捉えられたことによってダルムシュタット楽派を代表とする戦後の音楽においてそのリズムまでがセリアル化されて、あまりにも聴者にとってはとっつきにくい音楽へと突き進めてしまったと論じている。

これは同時に今日性のある分かりやすく新鮮な音楽劇場の可能性を失わせた二つ目の要因と共に挙げられていて、テレージアンシュタットで仮想の輝く光のその音楽活動から当時の独墺音楽界の影を捉えることになっている。

こうして観察するとエンゲルの活動が決して摘まみ食いを適当にしているのではなく一貫した音楽的な興味からの厳選となっていることに気が付く。20世紀の前衛音楽に対比するものがそこで試みられていたボヘミアの民謡やそのミニマル的な扱いとなると、ここ暫くペトレンコ指揮でのその音楽的な課題と共通していることが明白に言葉として発せられていて、感心するばかりだ。



参照:
Eine untergegangene Musikkultur, Titus Engel VAN vom 16.10.2024
Gedenkkonzert am 13. Oktober 2024, 19 Uhr, im Forum Möckernkiez, Möckernkiez e.V. vom 13.10.2024
とんだプログラム間違い 2024-04-11 | 文化一般
奇想曲の深い苦み 2024-10-04 | 音
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