
『湯を沸かすほどの熱い愛』より
■ 観たいけど観れなかった映画『湯を沸かすほどの熱い愛』 ■
2年程前に、中野駅のトイレに行く通路にしばらく『湯を沸かすほど熱い愛』という映画のポスターが貼られていました。その隣には「拳銃撲滅」とか「クスリは身を亡ぼす」系のポスターが貼られていたので、私はしばらく風呂屋の防犯ポスターと勘違いしていました。
赤の筆文字で書かれた作品タイトルが園子温作品かと勘違いさせますが、中野量太という方の監督・脚本作品。2015年に公開されましたが、その年の日本アカデミー賞を6部門獲得するなど、映画ファンには評判の良い作品でした。
私も観る気満々でしが、オダギリジョーが出演していると知って止めました。彼の事を嫌いなのでは無く、近年ドラマなどで散見する彼の演技が好きで無かったから。オダギリジョーと言えば彼のデビュー作である『仮面ダイダー・クウガ』の、なんとも初々しい演技が印象に残るだけに、最近の見た目「和製・ジョニー・ディップ」で、何となく浅野忠信?的な焦点を少しハグラカシタ感じの演技は好きでは無かった・・・。
だから、観たいけど観れない・・・。そうして、とうとう劇場に足を運ぶ事はありませんでした。
■ amazon Prime は見逃した映画を観るには良い ■
amazon Prime で動画を観はじめてから、アニメは良く観るのですが、実写映画はほとんど観ません。何故なら観たい映画が無い。ハリウッドや日本の話題作は有るのですが、その手の作品が苦手な私は作品リストをスクロールして溜息をつくだけ。
ただ、『青い春』みたいな映画がたまに混じっていたりするので、一応タイトルはチェックしています。すると先日、『湯を沸かすほどの熱い愛』が無料で観れる事に気付きました。無料ならオダギリジューがツマラナイ演技をしていたら視聴を止めてもいいか・・・・そう思って観始めました。
■ 緻密な脚本に舌を巻く ■
『湯を沸かすほどの熱い愛』、噂に違わぬ素晴らしい作品でした。私はこういう映画が観たいんです。特に杉崎花の演技が光っています。女優がある年齢の時に、一瞬だけ演じる事が許される演技、蝉が蛹から羽化する瞬間の、透ける様な青白さを思い出させる瞬間が、しかりとフィルムに記録されています。ちょっと『花とアリス』の蒼井優を思い浮かべました。
銭湯を営む一家の主が突然失踪します。後に残されたのは母と娘の二人きり。風呂を薪で沸かすのは重労働ですから、店を閉じてパートで生計を支える宮沢りえ演じる母親。かわいいけれど、同級生の女の子達から虐めにあっている高校生の娘。母は夫の失踪という現実に耐えながら、健気に娘を育て家事をこなしています。
ところが、彼女は末期ガンの宣告を受けます。余命数か月だと。その日は落ち込みますが、直ぐに探偵を雇って夫の居場所を突き止めます。夫はなんと隣町で若い女と住んでいた。早速アパートに乗り込み、夫をオタマでぶん殴り、癌である事を告白して家に連れ帰ります。とんだ肝っ玉の据わりぶりです。しかし、夫と共に家にやって来たのは10歳位の女の子。夫の子だと紹介されます。
街でばったり再会した一夜限りの関係を結んだ事のある女性に、「あの時の子供が居る」と突然打ち明けられた。そして少女を残して彼女は失踪してしまいます。夫はその後、アパートで少女の面倒を見ていたと。頼りないけれども心の優しい男では在る様です。
死を目前にして母親は娘の為に父親を取り戻し、そして妹まで作ってしまいます。そんな寄せ集めの様な家族ですが、母親を中心に次第に結束してゆき・・・・。
序盤の粗筋を書いてしまいましたが、この作品の凄いのは綿密に練られた脚本。最初の洗濯を干すシーンや、タカアシガニを食べるシーンなど、何気ない日常シーンが全部複線となり、後半に向けて大きな意味を持ったり、暗示になったりするのはスリリングです。
様々な「母親と娘」の関係を、一つの家族を通して幾重にも描く傑作です。
結末が許せる人と、エええ!!と思う人に分かれると思いますが、私は大好きなエンディングです。一週間で4回も観てしまいました。
■ 無性に豊田徹也の『アンダーカレント』が読みたくなった ■

『アンダーカレント』 豊田徹也 より
『湯を沸かすほどに熱い愛』を観ている途中から、この作品が無性に読みたくなりました。2005年に発刊された豊田徹也の『アンダーカレント』という漫画。
こちらも夫が蒸発した風呂屋が舞台です。風呂屋を再開する為に組合から紹介されてやって来た男と、夫に逃げられた女の話です。男は自分の事を語りたがりませんし、いつフラリと居なくなるかも分からない。それでも、いつしか男は頼りになる存在として彼女を支え、近所にも溶け込んでゆきます。
一方、妻は探偵を雇って夫を行方を追いますが、その過程で浮かび上って来るのは自分の知らない夫の姿。出身地や過去だけでは無く、自分と暮らしていた頃の夫の実体も彼女にはアヤフヤなものに思えて来ます。
一方、彼女は子供の頃から水の中に沈んでゆく悪夢に苛まれています。怖いのか、安心しているのか分からない不思議な夢です。首を絞められながら沈んで行く・・・。そんな彼女の夢の原因が、近所の女の子の失踪から明らかになります。そして、遠い過去の糸が手繰り寄せられてゆく・・・。そして夫の隠された事実も明らかに。
実はこの作品、映画以上に映画らしい。話の展開は重層的で慎重。人々の言葉の裏には、本人すら気付かない思いが隠れています。『湯を沸かすほどの熱い愛』の監督は、この作品を読んで着想を得たのでは無いかとい私は妄想しています。
作品が少なく、知名度の低い豊田徹也ですが、『アンダーカレント』は日本のマンガの中でも屈指の名作だと私は思っています。
日本では知名度が今一つですが、フランスでは高く評価されている漫画家です。フランスのマンガ賞を獲得しています。雑誌に掲載された受賞告知が下の画像。

ところで、この作品に出て来るクセの強い探偵を主人公にした『珈琲時間』短編も発表されています。これも面白いです。
■ 『アンダーカレント』の表紙は『UNDER CURRENT』 ■

ところで漫画の『アンダーカレント』の表紙は、ジャズファンが観れば『UNDER CURRENT』である事は直ぐに分かります。
ギターのジム・ホールとピアノのビル・エヴァンスのデュオによる名盤ですが、静かな水の中で静かに沸き上がるインプロビゼーションは緊張感に溢れています。マンガの表紙を見る度に、「マイ フェーバレット バレンタイン」のイントロが浮かんで来ます。
本日は、映画、マンガ、音楽の連想ゲームでした。