初めて蜂須賀敬明という作家の作品を読んだのだが、これがまぁすごい。こんな小説家がいたんだ、と感心した。まぁ、当たり前の話だ。世の中には僕が知らないだけでいろんな凄い作家がいるのだろう。僕が読む本なんてせいぜい年に300冊程度なんだからね。(しかも自分の趣味の範囲からはずれた作品は読まないし)彼はこれまでエンタメ志向の作品を書いていたようだから今まで僕の視野に入らなかったのだろう。バトルロワイヤル小説『横浜大戦争』が話題になったらしい。
今回は4話からなる中編連作。「自粛生活の青春事変」と帯にはあるが、高校生の4人の男女がコロナ禍に体験する出来事が綴られていく。「自分は女なのかもしれない」と気づいた男子が化粧を施す。緊急事態宣言下で田舎の祖母のもとに行く少年が都会からコロナを連れてきたと村の女の子から攻撃される。歯並びの悪さを指摘され引きこもりになった少女がマスク生活を機に歯列矯正のため歯医者に行く。コロナ禍でつぶれてしまう旅館の息子が泊まりに来たバツイチの女性と出会う。一言で説明するとそんな感じのお話。(もちろんそこまで簡単な話ではないけど)
これがすごいのは、ただの青春小説ではなく、コロナ禍という時代を描こうとしたこと。まだ確かな評価が下されていない現在進行形のこの大事件を背景にして、こんな時代だからこそ、起こりえた高校生たちの災厄と幸い、それを起点にして彼らがこの時代の中で何を考え何を感じ受け取るのかが、2021年の春夏秋冬という4つ時間の4つのケースとして提示される。いずれも長編小説として描けるだけの内容を秘めているけど、それをあえてお話の入り口までにして、あるいはお話を膨らませることなく提示する。4つのお話はそれぞれ未完なままだ。だってコロナはまだ収束してはいないのだから。
自分たちの性状を両親にカミングアウトする姉弟のその後。夏の日に出会った少年と少女のその後。歯科医に恋した少女が不登校を乗り越えて高校へと帰還するその後。大学受験を控えて東京から来た一回り近く年上の大人の女性に恋した彼の上京するその後。いずれのお話もそこで終わるのではなく、ここには描かれない「その後」がポイントになる。そのお話こそが本編よりも気になる始末だ。
コロナの後(たぶん)、大人になる彼らの人生へのエールが描かれる。こんな時代だからこそ、たまたまそこで高校生活を過ごすことになったけど、だから不幸だったというのではなく、だからどう生きたかが描かれる。すごい、と冒頭に書いたがここに描かれることはありきたりで普遍的なことだ。だからそれが凄いと思うのだ。