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映画・演劇のレビュー

川上未映子『春のこわいもの』

2022-04-09 10:42:15 | その他

2年半ぶりの新刊らしい。タイトルの「春のこわいもの」ってコロナのことみたいだ。2020年春、学校が休校になる直前くらいの時間がお話の舞台ではないか。少なくとも5つ目のお話はそうだ。マスクが店頭からなくなり、でも、まだ詳しいことはわからないまま、みんなが疑心暗鬼してきた頃。夜の高校に忍び込み、失くした手紙を探す男女ふたりの高校生。絶対失くすはずのない彼女からの手紙が家に帰るとなかったので。夜の10時に待ち合わせて誰もいない校舎に入る。手紙の内容はブルーのインク、万年筆で書かれたお話。1年ぶりで彼女からもらった2通目の手紙。夜の校舎内で探すけどみつからない。彼は彼女とふたりの暗闇の中で、欲情してしまう。

いずれの話もなんだかとても淡い。どこにもたどり着かないまま迷子になる。ベッドで寝たきりの老女。もうすぐ死ぬ。39歳の頃、夫以外の男性との性交。あの時の感覚を思い出す。同じように病院のベッドで寝たきりの少年。彼が見る夢。原因不明、怠け病としかいいようのない理由のわからない病気ではなく、ちゃんとした「体の病気」と診断され親たちはホッとしている。コロナで面会もできないことにも。21歳。もう少年なんかじゃないか。喫茶店で周囲のお客にお構いなく、いつまでも電話をする女、を見ている。自殺した作家を追い込んだ。ギャラのみ希望の女性。面接に行き罵倒された。同じ時間、面接で同席した顔中整形した女とたまたま一緒にカフェでお酒を飲む。

どうしてこんなことになったのか、その説明なんかない。それにそんなものはいらない。今こうしてここにいる。そして、こんなふうに思う。後悔と悔悟とか、そんなんじゃない。静かにこの悪夢を受け入れていく。夢ならそのうち醒める。だけど、たぶん現実だからこれは続く。

最後の少し長い中編は、作家になった女性が、若い頃、幼なじみと上京し、同居していた頃を思い出す話。彼女の過保護な母親と、裕福な家庭で甘やかされた彼女に嫉妬する。彼女はきれいで、女優を目指していた。だから彼女の邪魔をした。80ページほどの作品でこれだけ説明がある。だから少しつまらない。よくわからないが、作品の力になる。わかりやすいは、作品の瑕瑾になる。


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