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映画・演劇のレビュー

大島真寿美『たとえば、葡萄』

2022-10-23 09:24:33 | その他

28歳、会社を辞めた。誰もが憧れるような大手企業に就職して、なのに「もうこんな会社にいたくない」と思い、辞表を出した。だから今、無職。住むところもなく、母親の友人宅に居候することに。30歳が目前の女性である美月と、50代後半の女性である市子との二人暮らしが始まる。親子世代の女ふたり。母親には内緒。美月が幼い頃、父親が失踪し一度は母子家庭になったが、なぜかその後父と母は復縁した。そして彼らはなんだか自由に生きている。そんな勝手な母親たちに頼りたくはない。でも、ひとりでは生きられない。

これは美月の生きがい探しのお話なのだけど、なかなかお話は先に進まない。だが、市子のもとにやってくる周囲の人たちとのたわいもない会話で気づくとお話がどんどん進んでいく。でも、自分で動き出すわけではない。彼女たち(市子さんを中心とする母親の知り合いネットワーク!)に流されていくだけ。だけど、そこから彼女は自分がするべきことを見出していく。

知り合いの男の子が葡萄農家で働いている。彼から貰ったおいしいワインをみんなで飲んだ。凄いと思った。やがて、じゃぁ自分もおいしい葡萄ジュースを作ろうと思う。これはなんとそれだけのお話なのだ。だけどそんなたわいない出会い(再会)から冗談のように始まる新しい人生。もちろん先は見えないし、不安と葛藤は続く。それどころか安定した毎日を棄てて不安定でうまくいくかどうかなんてまるでわからない日々が始まる。でも、何かを始めることで、今までの何もしないまま無為な時間を過ごす日々とは違う確かな時間がそこには流れ始める。

これもまた最近はやりのように頻発するコロナ禍の日々を背景にした作品である。ようやく、コロナを描く小説が出始めたのだが、出始めるとなんだか怒濤のように押し寄せて来た気がする。まぁ、そんなことはどうでもいい。もどかしい日常と向き合い、そこから突破口を見出そうとする。これはとても気持ちのいい小説だった。それだけで十分。

 


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