習慣HIROSE

映画・演劇のレビュー

『おと な り』

2009-05-23 07:19:13 | 映画
 最後はあまりに上手く出来過ぎで「ちょっとなぁ」なんて思わないでもないが、映画は夢を語るものだから、あれくらいの幸福を描いたって罰は当たらない。充分彼らは自分たちなりに頑張ってきたのだから、ちゃんとご褒美を与えてあげてもいいと思うのだ。この偶然に対して、彼らが感謝してくれたなら、いい。それは映画ならではの虚構(嘘)なんかではなく、人生を一生懸命に生きた人に対して贈られる宝物なのだ。そんな上手くいくなんて、なんて思わないこと。信じていい。幸せはどこかにあり、きっとあなたを待っている、と。

 主人公の2人は最後まで出会わない。あんなに近くに居て、あんなによくお互いを知っているのに。それを人生のいたずらとは言わない。そんなものなのだ、と思う。偶然と必然は紙一重だ。

 同じアパート。お隣同士なのに、2人は顔を合わしたこともない。だが、壁が薄い安普請の古いアパートなので、隣の生活音が聴こうとしなくても、自然に耳に入る。そして、それを好ましく思う。どんな人なのかはわからないし、積極的に関わろうともしない。自分の生活で手一杯だし、お互いに人の生活に干渉したいなんて思わないからだ。映画はこの男女の毎日を静かに描いていく。岡田准一演じるカメラマンの聡は、自分の今している仕事が本来の希望とは違うことに戸惑いを隠せない。カメラマンとして認められちゃんと仕事もある。人から見たら羨ましい限りだ。だが、そんな毎日に違和感がある。自分は本当に好きなことをやっているのか、と言うとうん、と言い切れない。どこか自分を騙してる。

 フラワーデザイナーを目指す七緒(麻生久美子)は、花屋に勤めながらフラワーアレンジメント検定の合格をめざし努力している。もうすぐフランスに留学するので、語学学習にも余念がない。恋人がいないことも本人はまるで気にしていない。そんなことよりも自分の今の夢を追いかけることに夢中だ。だが、はたしてそう言い切れるかと言われると、少し自信がない。ある男に言い寄られて反対に傷つけられる。

 彼らはお互いにもう30歳で、自分の人生についていつまでも夢を追うだけではやっていけないと思い始めている。『虹の女神』の熊澤尚人監督はそんな2人を16ミリカメラによる柔らかい映像で包み込むように描いていく。

 こんなにも優しい映画に仕上がっていて、うれしい。映画は夢の時間だということを改めて思い出させてくれる。だから、あのラストが許せれるのだ。安易な偶然ではなくあれは必然であり、神さまからのプレゼントなのだから。

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