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映画・演劇のレビュー

山本文緒『無人島のふたり』

2022-11-08 18:11:12 | その他

人生最期の4か月の日記である。意識的に綴った。これが本当の声。作家として出来ることをする。というか、したいことをする。書き続けることが作家としての生き方だから。書いていたいと思ったんだ。毎日何を思い何を感じたか。フィクションではないほんとうのことを、ありのままに書く。今はもうそれしかできない。でも、それは彼女の書く最後の作品だ。自分のために書いている。自分と夫との最後の日々。自分が死んでも彼は残される。世界も終わらない。ちっぽけな自分の命の終わり。58歳は短い。90まで生きるつもりだった。なのに、死ぬことになった。受け入れるしかない。いやだ、と拒絶できるなら誰でもする。残された時間は4か月。せめて120日以上は生きなくっちゃ、と思う。でも、せいぜい120日。余命宣告は非情か、優しいか。ゆっくりと、みんなにさよならを言う。心の中で。

山本文緒はやがてこの日記を出版することを夢見る。誰のためか? 読者のため? 夫のため。自分のため。これは闘病日記ではない。カウントダウンしていく命と向き合うひとりの作家の仕事だ。これは彼女の最後の小説。小説なのにノンフィクションだ。嘘は書かない。書けるわけもない。自分の日々の記録。編集者に打診し出版のOKが出る。でも読者に向けて書くのではなく、自分のために書く。だから、それが僕たちの胸にストレートに届く。こんなにも素直に。

なんなんだろうか、これは、と思う。読みながら、そのあまりの素直さに胸が痛かった。死と向き合い、自分にできることを全力でする。ささやかな幸せを願う。それだけ。昨年『ばにらさま』を読んだとき、感じたこと。その後、ようやく『自転しながら公転する』を読んだとき感じたこと。その背景にここで描かれることがあったのか、という事実。最期に何をするのか。もちろん、昨年の2冊が最後になるとは思いもしなかっただろう。でも、結果的にそうなったことから見えてくるもの。

2021年5月24日から10月4日まで。しかも最初は毎日欠かさず書いている。発表するあてもないままのスタートだった。4月に膵臓がんと診断され、しかもステージ4という末期で、いきなり始まったカウントダウンのなかで、それでも穏やかに過ごす時間の記録は美しい。最初は涙が溢れて止まらなかった。だが、読み進めるうちにそうじゃないな、と思い始めた。きちんと見守りたいと思った。彼女が生きた証のようなものが、ここには確かに刻まれている。これまで彼女が書いてきた小説と同様に。


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