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映画・演劇のレビュー

『食堂かたつむり』

2010-02-25 21:52:24 | 映画
 何か作れ、と命令されて柴咲コウが時間をかけて作った『お茶漬け』。それに対して、成り金でいけすかないその男は、1万円札を置いていく。それは彼にできる最高の感謝の印だ。自分の気持ちを言葉では伝えられない。それを1万円というお金で表現した。無骨だが、それしかない。あの男にとって本当のコミニケーションはお金を通してしか不可能だからだ。これが彼なりの精一杯の感謝の表現なのだ。このエピソードは一例でしかないが、こういう心配りが全編に溢れている。

 小川糸の原作とは全く違うけど、この映画は原作と同じように、とても素敵な映画になっている。同じストーリーからまるで違う方法で、同じように描きたかったことを伝える。こんなふうに映画化されたならみんなが幸福になれる。原作者もきっと喜んでいることだろう。とってもポップで心優しいファンタジーだ。デフォルメのされ方が的を射ている。このアニメーションやCGの使い方はこの映画にとっては正しい。とても静かで、じんわりと心に沁みわたるものを伝えるためにまるで場違いなミュージカルシーンまで援用して見せる。勘違いスレスレで見事な着地を見せる。さすがに最初は驚いてしまうけど、やがて作者の意図はこのドタバタの中からしっかりと伝わることになる。

 まるで小説とは正反対のアプローチなのに正しい。これは「癒し」ではなく、正統派のファンタジーだ。だが、見た目の派手さに囚われてしまって本質を見失ってはならない。これはつまらないハートウォーミングを殊更強調して、泣きに走ってしまう勘違い映画ではない。心の傷みをしっかり内に秘めた上で、誠実に生きて行こうとする不器用な母娘の姿を見はなすことなく最後まで見つめて行こうとする映画だ。バカバカしい設定のいくつかに捉われて本質を見誤ると素敵な映画を見失うから気をつけて。

 おいしい、というたった一言に込められた想いを描くために2時間が必要なのだ。おいしいものを食べることで明日も生きて行こうと思う。それってすばらしいことだ。たくさんつらいことやかなしいことはあるけど、美味しいものと出会うと、うれしくなって元気になれる。そんな当たり前のことがこんなにも愛しい。

 それってこの小説が描きたかったことだし、それを富永まい監督はきちんと描く。彼女のこのおもてなしの仕方は、甘くて子供っぽいと思う人もたくさんいるのかもしれないが、僕はこういう心をこめたごちそうは好きだ。

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