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映画・演劇のレビュー

アクサル『八犬伝』

2010-02-04 21:02:32 | 演劇
 アクサルの芝居を見て、初めて感動した。ここまでよく出来てるとは想像もしなかった。今回初めて本格的にオリジナル脚本に挑んだ古谷光太郎さんのアイデア勝ちである。だいたい滝沢馬琴による『南総里見八犬伝』の舞台化は不可能だ。あの膨大なお話である。そのどこに焦点を絞ろうとも中途半端なものにしかならない。2時間程度では難しい。壮大なスケールのお話は、盛りだくさんでまとめようもない。

 昔、深作欣二監督がこの素材を映画化した。(『里見八犬伝』)彼の念願の企画で、当時の日本映画最大規模の作品だった。なのに、目も当てられない駄作にしかならなかった。手に汗握るエンタテインメントにはならなかった。深作はスピルバーグの『レイダース』(言わずと知れたインディー・ジョーンズ・シリーズの第1作だ!)の向こうを張った大冒険活劇を目指して失敗したのだ。この作品の魅力は残念ながらアクションではない。そこを理解しないから失敗する。壮大なスケールをそのまま表現するためには、2,3時間の上映時間では不可能だ。

 馬琴はスペクタクルを見せたかったのではない。お話の面白さで引っ張ったのだ。手に汗握るワクワクドキドキは、視覚的なスケールではなく、お話の壮大なスケールであり、そのために必要なことは丁寧に人間関係を描いていくことだ。特定の主人公はいらない。複雑に絡み合ったお話をきちんと見せることが第1条件となる。今回の古谷さんによる脚色はそこを充分理解している。彼は、丁寧にこの膨大な話を追いかける。ディテール重視の姿勢を崩さない。その結果、複雑な人間関係を明快に見せながら、主人公たちの内面描写を含めて、きめ細やかな描写を心がける。スピード感のある展開をさせながら、話のツボをきちんと押さえてある。だから、どんどん話にのめり込んでいける。なのに、2時間20分である。一気に見せれる限界の上演時間だが、その中で膨大なお話を無理なく収めた手腕は特筆に値する。昔、子供の頃NHKで見た『新・八犬伝』を思い出していた。毎日楽しみにして見た。あの作品で八犬伝を知った。今回の芝居はあの興奮に近い。この後一体どうなるのだろうか、次は誰が登場するのか、とか、興味を繋いで行く見せ方の上手さ。それは黒沢明の『七人の侍』にも通じる。キャラクターの描き分けが上手い。ひとりひとりを大事に描いていく。そこをおざなりにはしないからこれはおもしろいのだ。

 激しいアクションとダンス・パフォーマンスを中心にした殺陣は華麗で、見ていて楽しい。だが、それだけではだんだん退屈してくる。そこが今までのアクサルの問題点だったのだが、今回はお話を語ることにスライドしており、そのためのアクションになっている。それが成功の一番の理由だろう。本来ならそんなの当たり前のことだ。だが、アクションを超えるお話の上手さというのはなかなか困難なことだ。しかも、見せ方が上手くないと面白さすら伝わらない。見事、というしかない。

 単純な勧善懲悪の世界のはずが、必ずしもそうはなってないのもすごい。ラストで玉梓の怨霊の魂を鎮めるために、自分たちが犠牲になるという展開になるのもいい。里見家の側にも非がある。明確に正しいものがあり、悪はどこまでも悪いだけ、というわけではない。善と悪すら状況によってはどんどん変わっていかざる得ない。そんな現実の中で自分たちが何を信じて、どこにむかって生きていくのか。それはひとりひとりが決めることだ。

 これは八剣士(犬士)がひとつに力を合わせて悪を倒す、という単純なお話にはならないのだ。本来の基本ラインすらままならない。オリジナルのストーリーの細かい部分なんか忘れているけれど、アクサル版のこのアレンジの仕方はとてもうまい。ディテール重視の作劇はこの素材のあり方としてはベストだろう。しかもステレオタイプにはならない。活劇の王道を行きながら、かなりのひねりと奥行きがある。これは傑作である。


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