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映画・演劇のレビュー

吉田篤弘『ソラシド』

2015-04-22 21:28:24 | その他

これは1986年についてのお話だ。だが、あの時代を描くのではない。今から、あの時代を振り返るのだが、これはある時代のノスタルジアではない。ソラシドというユニットの音楽をめぐる冒険である。今では活動をしていない幻の2人組。彼女たちはレコードすら残していないから、今では彼女たちの音を聞くことは不可能だ。しかも、彼女たちの活動はメジャーではなかったから、今となってはその存在を知っている人もいない。(ほとんど、だが)

そんな彼女たちの音楽を求めて、主人公の男と、その妹は、20年以上も昔を旅する。それは妹が生まれた年でもある。彼と妹とは腹違いで、親子ほども年が違う。父が再婚した女性は自分よりひとつしか上ではなかったからだ。

ソラシドの失われた音楽世界を旅しながら、それは自分がまだ20代だった若い頃、そしてその頃の自分と、今の同じ年(年齢)である妹とのこの時間を遡る旅は、ふたりの死んでしまった父親への旅にもなる。幻の女性デュオが、徐々にその姿を明らかにすると同時に、2人は過去ではなく、「今」でもなく、そのむこう側へと向かうことになる。そこには彼らが避けてきた「未来」が見えてくる。クラフト・エヴィング商會として、彼がやっていることの延長にこの小説もある。物へのこだわりが、根柢にある。そこに小説というファクターで踏み込んでいく。

消えてしまった音楽の消息なんて、たどることは不可能だ。だが、時代だって過ぎてしまえばもう戻れないように、すべてのものが実はそうではないか、と思う。ならば、僕たちは未来へ向かうしかない。そして、それは寂しいことではなく、幸福なことなのだ。



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