角川春樹小説賞を受賞したとあるが、そんな文学賞があるなんて知らなかったです。しかも第16回って。審査員に角川春樹の名前もある。さすが角川春樹だ。自分の目を信じて本を作り売る。
これはそんな彼に見出された新人作家のデビュー作である。読み出してこれは面白いと感心した。偶然昨日見た映画ともリンクする。もちろん倉本聰の『海の沈黙』である。あれは贋作と真贋の話だったが、これは模写と再現の話である。発掘された作品の修復に携わる。そこには欠損部分もある。9面の襖絵はもともと12枚からなる作品だったと推測される。失われた3枚を想像して全体の画調に合わせて幻の全体像を再現し、模写する。これはもう模写というレベルではなく、新たな創作である。『海の沈黙』で主人公が他人の絵に加筆してさらなる完成度の作品にした作業にも通じるものがある。
これもたまたまだが、先日久しぶりにこの小説の舞台となっている京都芸大に行ってきた。芝居を見るためだが。出町柳から歩いて行く。街歩きは趣味だから、どこに行っても最寄り駅から目的地までは2、30分ならわざと歩いてくる。最寄りの駅が近い場合はわざわざひとつ手前で降りたり、目的地の周辺をふらふら歩く。三条から東山なんてあらゆるルートで歩いている。そんなだからこの小説を読みながら、なんだか既視感があったりする。満足稲荷神社には先日行っているし。まぁ作品自体とはあまり関係ないけど。
模写が原本を超えていいのか、という問いかけは『海の沈黙』の答えでもある。3人の学生たちが力を合わせて失われた300年前の無名だった作家の作品の模写を作り上げる。これは彼らの作家としての原点になる仕事になる。
お話自体は自信を無くした青年が再生するというよくあるパターンだけど、襖絵の復元という題材はなかったと思う。ラストまで緊張感が持続する感動作。