エミール・クストリッツア、9年振りの新作だ。『黒猫・白猫』は面白かったけど、それほどは乗れなかった。力が抜けた感じが、なんだかなぁ、という感じだった。まぁ、『アンダーグラウンド』の衝撃を越えるような映画は難しい。そんなのはなかなか作れないはず。あの映画を見たときの感動は並大抵ではない。こんな凄い映画が作られたのか、と震えた。だから、どうしてもあの映画と較べてしまい、がっかりする。あれは彼にとっての生涯の1本なのだろう。
今回の久々の新作にも唖然とさせられる。なんなんだ、これは、と思う展開だ。怒濤のストーリーについて行けないほど。映画に置いてけぼりは、嫌なので、必死に追いかけることになる。ふざけているわけではないけど、信じられない大騒ぎ。人と動物たちがしっちゃかめっちゃかする。しかも、のどかな農村なのに、戦場。
後半の逃避行はわかりやすいから、別に大丈夫だけど、前半の混沌とした描写にはまず驚かされる。彼らが何者で何をしているのか、それすら、わからない。もちろん、お話が難しいとか、そういう問題ではない。怒濤のように押し寄せる人(動物も)の波に飲み込まれてあっぷあっぷするのだ。戦場の過激な描写にも圧倒される。彼らの住む村ののんびりした田園風景の中で、凄まじい戦争が繰り広げられる。もう、何が何だか、である。
妹とその恋人、兄のために女を連れてきて、ダブルで結婚式をするのが彼女の夢。そんな夢が実現するはず、だったのに、なんと連れてきた女と自分の恋人が恋仲になる。でも、逃げるふたりを追うのは、裏切られた女ではないし。何が何だかめちゃくちゃな展開。さらにはラストのあり得ない地雷のシーンまで。ふたりはその愛を全うできるか?
見終えたとき、そのあまりの過激さに、ため息が出る。「なんなんだ、これは!」と。 でも、この狂気がクストリッツアの正気なのだ。こんなファンタジーは見たことがない。このリアルな現実を踏まえた悪夢の狂想曲には言葉もない。