想風亭日記new

森暮らし25年、木々の精霊と野鳥の声に命をつないでもらう日々。黒ラブは永遠のわがアイドル。

猫の手も借りたいとこ

2009-03-08 11:54:03 | Weblog
  昨日は粉雪が舞って風の冷たい一日だった。
  午後のほんのひととき陽がさすと、シマコが遊びにきて
  あれま、こんな顔して。
  ヒューヒュー、可愛いこちゃんだなあ。
  でもあーた、何匹子どもいるのさ、今もお腹に赤ん坊でしょ
  でしょ、でしょ、でしょ、とうさこが言う訳は…



  Tさんがおとといの朝一番で運んでくださった沢山の植木。
  (Tさんは宇都宮在の宮司さんである)
  それを運びこむだけでも大仕事、いつものようにカメは平気な
  顔してるけど、2メートル以上ある植木なのでけっこう重い。

  庭に移殖する前に配置を決めねばならないが、うさこは
  嬉しさのあまり、考えがまとまらないのである。
  えーと、狼狽じゃなくて蝋梅でしょ、姫沙羅でしょ、山吹でしょ
  山紅葉、マンサク、ヤマボウシ、山シュウ…
  縁側からの眺めを想像し、庭のどこに植えるかを考えるが
  どれもこれも近くに置こうと欲張るからまとまらないのである。
  榊だけは定まっているが、欲しかった木を一度に目の当たりに
  して、なんという贅沢なことだと思い悩んだのであった。

  造園は哲学である。
  てなことをしみじみと思い出す。
  目先のことだけを思っていては庭は造れない。
  庭は思想である、大げさでなく。
  ベス・チャトーの庭園に憧れるうさこは、チャトーが苦労した
  風土とは真逆の、雨の多いこの森にどんな木が育つかまだよく
  わかっていない。

  緑の葉が茂り、花が咲き、実をつけ、時のめぐりを待つ
  だけでなく、色、形、そして木本来の性質を思いやる。
  そして景観全体のバランス。
  好きなものだけを目の前において楽しみたいというのとは
  違う庭造りをしたいのだ。

  運びこんだ植木を固定し、大風に吹き飛ばされないようにした
  ところでひと休み。  
  
  考えがまとまらないので、屋内にしまってあったモッコウバラ
  の苗木を地植えする準備でも先にしておこう。

  カメは何を考えているのか。
  たぶん運びながら、頭の中で配置など決めていってるんだろうな。
  そこがうさことカメの大きな違いである。
  口応えなどせずに黙って、お手伝いしましょ、
  「ねこのて」並のうさぎの手。
  おい、シマコもちったーやれよ、な。

  そうそう、親分は行ったり来たり、いつもの通り
  うさこの応援団長であった。

追記:沙羅樹、伊呂波紅葉、夏櫨(ナツハゼ)もありました!
  
コメント
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