博多の海は、このもっと先にあります。
若い頃、ほんとに若いつまりおバカバカだった頃、志賀島へ行きました。
埠頭の船着場で、ロングひらひらスカートに8センチのウェッジヒール、
足首に紐を巻き付けるタイプのを履いて、モタモタ歩いてたのがあたしです。
友人は、その格好に呆れ果て、でもかわいいねー、かわいいねーと言って。
志賀島で何したのか、とんと覚えていません。
行こうと言ったのはあたしです、たぶん。
海べりとか島に憧れるクセが今もあるので、たぶん、そうです。
試験勉強漬けの日々、春休みかなんかに息抜きに出かけたのだと思います。
何をしたのか忘れてしまったのは、理由があります。
思い出したくない事を、それに関連する諸々の事をも引き連れて記憶の沼の底に
沈めてしまうからです。
ひらひらスカートと同じ靴で出かけた別の日、春休み明けのある日、
唐突に失恋したあたしは、このスカートを姉貴にあげてしまいました。
スカートの上にお揃いの生地のワンピースを重ねて着るタイプの、このごろ流行の
レイヤードファッションみたいな服は、妊娠中でお腹が目立つ姉貴にはちょうど便利
だろうと思ったのもありますが、もう着ないことにしたからです。
「じぶん、なに、その服。ひらひらしとうな、どうしたん?」と好きな人に言われて
言われてもしょうがないような、その頃、とても情緒不安定だったのですから。
ああ、この人もあたしをもてあますんだろうなあ、と思ったのでした。
その思いだけは鮮明に覚えています。
どうしたん? と博多訛で言われて、でも本当の思いなど言えるわけもなく
「いいでしょ、きれいだったから買った」と答えました。
どうしたん? とさらりと彼が言った言葉に含んだ棘があるように思えて、
それはあたしにだけわかる棘かもしれないけど、それきり会わなくなりました。
きっとあたしが変だったからでしょう。その人のせいではない思います、今は。
志賀島とあのピンクの服は別々のことなのに、一つのセットになった思い出。
この博多の海に沈めてしまいたいような出来事でした。
仕事で訪れただけの博多で、海をどうしても写真にとりたくてちょっと歩きました。
山の中にいると湘南とか房総にあこがれがあります。
でも実際にそこへ行ってもなんだか寂しい。
ピンクのひらひらの服を着ても寂しい。
暗く蒼い顔だった若い頃、居場所がないあの感じと似ています。
考えるのにふさわしい場所やふさわしい服がある。
そういうことをまだ知らなかった頃、トンネルの中を歩いていたころに、
自分に似合うものを纏えばもっと明るくなれるのだと、暗い顔にも赤みがさすことを、
誰かに教えてほしかった。
遠い昔のことだけれど、あの頃のあたしがあまりにかわいそうだから。
それはもう、わたしではないから思う、怒りに似た気持ち。
海を見てふりかえり、そんな愚痴ともつかぬことをつらつら考え、
空き缶なんかそこにあったら、蹴っ飛ばしたわね、なかったけどー。
さあ山へ帰ろう、自分の居場所へ。
若い頃、ほんとに若いつまりおバカバカだった頃、志賀島へ行きました。
埠頭の船着場で、ロングひらひらスカートに8センチのウェッジヒール、
足首に紐を巻き付けるタイプのを履いて、モタモタ歩いてたのがあたしです。
友人は、その格好に呆れ果て、でもかわいいねー、かわいいねーと言って。
志賀島で何したのか、とんと覚えていません。
行こうと言ったのはあたしです、たぶん。
海べりとか島に憧れるクセが今もあるので、たぶん、そうです。
試験勉強漬けの日々、春休みかなんかに息抜きに出かけたのだと思います。
何をしたのか忘れてしまったのは、理由があります。
思い出したくない事を、それに関連する諸々の事をも引き連れて記憶の沼の底に
沈めてしまうからです。
ひらひらスカートと同じ靴で出かけた別の日、春休み明けのある日、
唐突に失恋したあたしは、このスカートを姉貴にあげてしまいました。
スカートの上にお揃いの生地のワンピースを重ねて着るタイプの、このごろ流行の
レイヤードファッションみたいな服は、妊娠中でお腹が目立つ姉貴にはちょうど便利
だろうと思ったのもありますが、もう着ないことにしたからです。
「じぶん、なに、その服。ひらひらしとうな、どうしたん?」と好きな人に言われて
言われてもしょうがないような、その頃、とても情緒不安定だったのですから。
ああ、この人もあたしをもてあますんだろうなあ、と思ったのでした。
その思いだけは鮮明に覚えています。
どうしたん? と博多訛で言われて、でも本当の思いなど言えるわけもなく
「いいでしょ、きれいだったから買った」と答えました。
どうしたん? とさらりと彼が言った言葉に含んだ棘があるように思えて、
それはあたしにだけわかる棘かもしれないけど、それきり会わなくなりました。
きっとあたしが変だったからでしょう。その人のせいではない思います、今は。
志賀島とあのピンクの服は別々のことなのに、一つのセットになった思い出。
この博多の海に沈めてしまいたいような出来事でした。
仕事で訪れただけの博多で、海をどうしても写真にとりたくてちょっと歩きました。
山の中にいると湘南とか房総にあこがれがあります。
でも実際にそこへ行ってもなんだか寂しい。
ピンクのひらひらの服を着ても寂しい。
暗く蒼い顔だった若い頃、居場所がないあの感じと似ています。
考えるのにふさわしい場所やふさわしい服がある。
そういうことをまだ知らなかった頃、トンネルの中を歩いていたころに、
自分に似合うものを纏えばもっと明るくなれるのだと、暗い顔にも赤みがさすことを、
誰かに教えてほしかった。
遠い昔のことだけれど、あの頃のあたしがあまりにかわいそうだから。
それはもう、わたしではないから思う、怒りに似た気持ち。
海を見てふりかえり、そんな愚痴ともつかぬことをつらつら考え、
空き缶なんかそこにあったら、蹴っ飛ばしたわね、なかったけどー。
さあ山へ帰ろう、自分の居場所へ。