りきる徒然草。

のんびり。ゆっくり。
「なるようになるさ」で生きてる男の徒然日記。

ベースボールパーク 1976-2010

2010-08-04 | Weblog
今週の日曜日、プロ野球を観戦しに行った。

場所は、新広島球場。
通称の「マツダスタジアム」と書いた方が
もう、分かりやすいかもしれない。



初めて、行った。
昨年のオープンから行きたくて仕方なかったのだが、
今年、やっと行けた。

広島 対 巨人戦。
家族で行った。
娘と息子には、事前に何度も説明したのだが、
結局、今ひとつよく分からないまま、
僕と妻についてきた様子だった(笑)

娘は、今月の26日で11歳。
息子は、明日で7歳。

奇しくも僕が初めてプロ野球の試合を観戦したのも、7歳の時だった。
今から、もう34年も前の話だ。
親父と一緒に行った。
“ちょっと仕事が残っているから・・・”と球場に行く前に、
親父の勤めていた会社に寄ったことを、今でもよく憶えている。
そこは会社というよりも、小さな事務所だった。
僕はその事務所の片隅のソファにチョコンと座って、デスクで
書類とにらめっこしている親父の仕事が終わるのを待っていた。
親父の働いていた仕事場に僕がついて行ったのは、後にも先にも、
それが最初で最後だった。
それから僕と親父は新幹線に乗って、広島に向かった。

向かったのは、当時の広島市民球場。

初めて肉眼で目にした球場は、本当に大きくて広くて、照明のカクテルライトが
見惚れるほどキレイで、僕はしばらくの間、マウンドの野球選手や観客の歓声に
でもなく、球場そのものに陶酔していた。

試合は、広島 対 中日戦だった。

中日は、星野仙一がまだ現役だった。
広島カープは、前年のリーグ優勝の余韻がまだ残っていて、古葉監督をはじめ、
山本浩二や衣笠や池谷や木下や水沼やホプキンスが活躍していた。

試合の結果は、さすがにもう憶えていない。
もしかしたら、先日の試合のようにカープが一方的にコテンパンにやられた
負け試合だったのかもしれない。
でも、そんなことは関係なかった。
試合の結果よりも、僕は本物のプロ野球、本物の球場の魅力に見事に
惹きこまれてしまっていた。


あれから、34年。


息子にとって、初めて肉眼で目にした球場はどう映ったのだろう?
まだアウトやセーフの定義もよく理解していないような息子だが、
7回のカープの攻撃では、他の観客と一緒に嬉々として風船を飛ばしていた。
帰り道“どうだった?”と息子に尋ねようと思ったが、結局やめた。



34年前の帰り道。
親父も僕に何も尋ねなかった。
僕は、初めて体験した非日常の余韻を引きずっていた。
もしかしたら親父は、子どもながら興奮している僕のことを察して、
何も訊かなかったのかもしれない・・・。

思えば、あの頃の親父は、今の僕より若かった。
たしか30代後半だったはずだ。
だけどあの頃の親父は、7歳の僕にとって、とても大きく感じた。
何ものにも代えがたい信頼感に満ちていた。

でも・・・・。

きっとあの頃の親父も、いろんな気持ちを胸の中に秘めて
生きていたのだろう。
それを子どもに見せずに、踏ん張って生きていたのだろう。
喜びも悲しみも嬉しさも悔しさも、すべてを自分一人で背負って・・・。

今ごろになって、少しだけだけど、僕にもようやく分かってきた。

もうすぐ盆休み。
実家に帰ったら、また親父と一緒に酒を飲もうか。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする