
「ねぇ、お父さん、これ、何?」
と息子が突然、 自分の股間を指差しながらそう訊いてきた。
ある日の夜。僕は八才の娘と四才の息子の三人で入浴していた。
はぁ?こいつ、今さら何を尋ねてんだ?
僕「何って、おチンチンだよ」
息「違うよ、おチンチンじゃないよ、その後ろに
あるコレ」
僕「あ・・・こっちか」
息子の言葉で気づいた。そういえば、そっちは今まで説明してなかったな。
息「ねぇ、何、コレ?何?」
僕「これはなぁ・・・玉が二つ入ってるんだ」
息「ふうん」
ここで、やめておけばよかったのだ。
僕「でな、お前が大人になったら、ここに小さい
小さい“子どもの種”が生まれるんだ」
このひと言だった。
このひと言に息子だけでなく、娘まで反応してしまった。
娘「違うよ、子どもは女が産むんだよ。男は産ま
れないよ」
僕「あ・・・うん・・・そうだね・・・」
息「ねぇ、僕も子ども産むの?産んじゃうの?
ねぇここで産むの?」
僕と娘の言葉に、袋を指差しながら動揺する息子。
僕「いや、だからね・・・その・・・あの
ね・・・あげるんだよ」
息「あげる?」
僕「そう、男の人からあげるんだよ、女の人に」
自分で自分の言葉に、少し安堵した。
息「何を?」
僕のささやかな安堵は、息子の質問で秒殺された。そりゃ、そうだ、当たり前の疑問だ。
僕「いや・・・だからぁ・・・なんつーのか
な・・・」
言葉が詰まる僕の視界に、ポンプ式のシャンプーが目に入る。 あれを押して“こんなの”って言えたら、どんなに楽だろう。
僕「だから、“子どもの種”だよ」
結局、開き直った。
娘「じゃあ、どうやって?どうやってもらうの?」
今度は、そうきたか・・・。
息「うん、どうやってもらうの?」
僕「お前はもらわないよっ!お前はあげるんだよ
っ!」
息「じゃあ、どうやって?」
オレ、自分で自分のクビ締めてるよ・・・
僕「だから・・・そのな・・・」
息「(お湯の入った洗面器を持って)これで?」
僕「バカッ!そんなのにいっぱい入れてどうする!死んじゃうよ!」
息「死ぬって、誰が?お父さんが?」
僕「え、あ・・・そうね、お父さんっていうか、
小さいお父さんというか・・・まぁ、 いろん
なものがな・・・」
ここで僕の頭の中に、突然電球が灯った。
僕「注射器だよ、注射器!」
娘&息「注射器ぃ?」
僕「そう、注射器であげるんだよ」
うん、これはいい例えだぞ!僕は心の中で自画自賛した・・・が、話がそんなに上手く進むわけがなかった。
娘「私、注射器でもらうの?」
僕「・・・」
娘「いつ?」
僕「いつって・・・そんなの分からないよ・・・」
娘「私、イヤ!痛いのイヤ、怖いからイヤ!」
僕「うん。お父さんも、イヤ(別の意味で)」
息「ねぇ、僕は誰にあげるの?」
まだ、こっちの坊主がいた。
息「誰?」
僕「誰って、それも分からないよ」
息「何で?」
僕「そりゃあ、大きくなってお前が好きな人に出
会ったら分かるよ」
いいねぇ、これが理想の親子のお風呂での会話じゃん。
息「好きな人?」
僕「そう、好きな人」
息「じゃあ、お姉ちゃんにあげてもいいの?」
僕「ダメダメ!お姉ちゃんは姉弟だからダメだって!」
息「じゃあ、バァバは?」
僕「ギャハハハハ!それもダメダメ!ワハハハ
ハ!」
親を飛び越えるなよ。跳び箱じゃないんだから。
息「何で、そんなに笑うの?」
僕「いや・・・お前、面白いからだよー」
息「じゃあ、お父さんは、お母さんに注射した
の?」
きた。いきなりの核心。
僕「うーーん・・・まぁ・・・そうねぇ、そうな
んだろうねぇ」
息「いつ?」
僕「いつって・・・憶えてないよぉ」
もう勘弁してくれ・・・。 再び、僕の視界にポンプ式のシャンプーが入りやがる。
僕「もういいから、2人とも先に上がりなさい」
娘&息「はぁーい」
子どもが上がった後、 脱衣場からリビングに向けて息子の大声が響く。
「お母さぁーん、お父さんに注射されたのぉ?」
その質問を耳にした瞬間、 風呂の栓を抜いて、お湯と一緒に流れようかと思った。
(終)〈2007年作〉
●バスルームから愛をこめて〈2〉 〜ナイチンゲール〜 → https://blog.goo.ne.jp/riki1969/e/f201955b23159190cf0dcfffdb60f913
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます