4週間ぶりのお楽しみ、NHK「世界ふれあい街歩き」。
テレビの前にでんと構えて、気合満々放送を待った。
10時20分、おなじみの音楽と共にジェノバの港からカメラが街に迫っていく。
ワクワク心が躍るなか、モザイクがあらわれ音が途切れる。
「お願いだから、ちゃんと映ってよ」の願いも空しく、地デジは無情にも画面をモザイク化し、仕舞いにはブラックアウトしてしまった、「放送が受信できません。アンテナの接続状況や調整をご確認ください。」のメッセージを映し出して。
まったく、7月には地上波放送から完全移行なんて謳っているけれど、地デジ電波難民が急増するに違いない。
もっとも、テレビを見なくてもデメリットはそうそうなく、見ないほうがメリット多そうではあるが、素晴しい自然や文化・歴史のドキュメント番組が見られないのは、大いに寂しいことである。
さて、長い前置き(怒りの)を切り上げて、本題「ジェノバ」に入ろう。
なんとこの街には魅惑に満ち溢れた路地が多いことか!
「後悔先に立たず」
昔、もう一足のばせばジェノバに行ける機会があった。
持っていた大まかなガイドブックには、ジェノバの路地の魅力を伝える記事がなく、コロンブスの港町くらいの認識しか持ち合わせていなかった。
あと少しのところだったのに・・・路地をカメラが巡り歩くたびに、切ないくらいの悔しさが込み上げてきた。
それでも、電波妨害にあいながら、食い入るように路地を眺め回し、両脇に並ぶ商店の豊かさとバリエーション、ディスプレーの小粋な演出に、もうすっかり、自分が路地を歩いている気分に浸った。
もともと交易と商業で栄えた街らしく、実に小ぢんまりとした商店が軒を連ねている。
驚いたことには、商店主が集まって教会を建てるのに、自分たちの店舗の上に建築寄進したという。
または、かつての肉屋通りには、肉屋連盟が建立した聖母マリア像が今も自愛に満ちた微笑を路地を通る人々に向けている。
ヨーロッパの古い街角には、聖人や聖母子などの彫像が飾られていて、商工会が寄進するものも多い。
ここジェノバは、商人が力を持っていただけあって、その彫像は実に立派だった。
旧市街の下町には、「トリッパ」(牛の胃袋)専門店が1700年あたりからの創業で、今も店を営んでいた。
ジェノバにかかわらず、古来牛などの内臓は庶民の食べ物であった。
内臓は、周りについている脂肪と臭みを取るために、下ごしらえが重要だ。
その店では、大釜に内臓を入れ、3時間半煮て、すぐ調理ができるように下ごしらえをしていた。
300年受け継がれた技は、きっと美味しいトリッパ料理を作り出すだろう。
このトリッパ専門店のお客として訪れていた男の人が、ジェノバ風トリッパ料理が出来るところを見せようと、自宅に招くシーンがあった。
そのお宅も1700年築の建物の最上階にあり、狭く急な階段を6~7階昇っただろうか、階段の最終点突き当りの昔の使用人部屋か物置部屋であっただろう狭く入り組んだ部屋に案内された。
はじめの部屋からキッチン、寝室、屋上へとぐるぐる階段を上って移動する、まるで巻貝に住んでいるヤドカリみたいであった。
男の人は、「このジェノバは路地と建物がぐるぐると渦を巻いて、自分はその渦に守られているんだ。」と、話していた。
たしかに、巻貝の住人「ヤドカリ」さんは、更に大きなジェノバ巻貝の中に住んでいるのだと、思わず納得してしまった。
それから、ジェノバといえば、「ジェノバ風ペースト」。
フレッシュ・バジルとパルミジャーノ・レッジャーノ&サルデーニャ産ペコリーノチーズ、松の実、ニンニク、エクストラ・バージン・オリーブオイルを、大理石の乳鉢ですりつぶしてペーストにする。
栗のニョッキが、ジェノバ風というけれど、様々なパスタで是非とも味わってみたい。
出来合いの瓶詰めのペーストならば、ときどき食すが、バジルの色が美しいエメラルドグリーンではない。
作り置きはきかないといっていたが、なるほどと頷けた。
出来立ては、バジルとチーズ、オリーブオイルの香りが素晴しいのだろうと想像し、思わず唾をごくりとしてしまった。
今日でジェノバが、「是非とも訪れてみたい街」に加わった。
細くどこまでも続く路地に、ひしめく魅力的な商店、中世の面影を色濃く残すヨーロッパ一大きな旧市街、美味しい食べ物。
どれもこれもが、「ジェノバへいらっしゃい」と手招きをして、あらん限りの誘いの言葉を投げかけてくる。
これに抗える人は、如何程いようか!
テレビの前にでんと構えて、気合満々放送を待った。
10時20分、おなじみの音楽と共にジェノバの港からカメラが街に迫っていく。
ワクワク心が躍るなか、モザイクがあらわれ音が途切れる。
「お願いだから、ちゃんと映ってよ」の願いも空しく、地デジは無情にも画面をモザイク化し、仕舞いにはブラックアウトしてしまった、「放送が受信できません。アンテナの接続状況や調整をご確認ください。」のメッセージを映し出して。
まったく、7月には地上波放送から完全移行なんて謳っているけれど、地デジ電波難民が急増するに違いない。
もっとも、テレビを見なくてもデメリットはそうそうなく、見ないほうがメリット多そうではあるが、素晴しい自然や文化・歴史のドキュメント番組が見られないのは、大いに寂しいことである。
さて、長い前置き(怒りの)を切り上げて、本題「ジェノバ」に入ろう。
なんとこの街には魅惑に満ち溢れた路地が多いことか!
「後悔先に立たず」
昔、もう一足のばせばジェノバに行ける機会があった。
持っていた大まかなガイドブックには、ジェノバの路地の魅力を伝える記事がなく、コロンブスの港町くらいの認識しか持ち合わせていなかった。
あと少しのところだったのに・・・路地をカメラが巡り歩くたびに、切ないくらいの悔しさが込み上げてきた。
それでも、電波妨害にあいながら、食い入るように路地を眺め回し、両脇に並ぶ商店の豊かさとバリエーション、ディスプレーの小粋な演出に、もうすっかり、自分が路地を歩いている気分に浸った。
もともと交易と商業で栄えた街らしく、実に小ぢんまりとした商店が軒を連ねている。
驚いたことには、商店主が集まって教会を建てるのに、自分たちの店舗の上に建築寄進したという。
または、かつての肉屋通りには、肉屋連盟が建立した聖母マリア像が今も自愛に満ちた微笑を路地を通る人々に向けている。
ヨーロッパの古い街角には、聖人や聖母子などの彫像が飾られていて、商工会が寄進するものも多い。
ここジェノバは、商人が力を持っていただけあって、その彫像は実に立派だった。
旧市街の下町には、「トリッパ」(牛の胃袋)専門店が1700年あたりからの創業で、今も店を営んでいた。
ジェノバにかかわらず、古来牛などの内臓は庶民の食べ物であった。
内臓は、周りについている脂肪と臭みを取るために、下ごしらえが重要だ。
その店では、大釜に内臓を入れ、3時間半煮て、すぐ調理ができるように下ごしらえをしていた。
300年受け継がれた技は、きっと美味しいトリッパ料理を作り出すだろう。
このトリッパ専門店のお客として訪れていた男の人が、ジェノバ風トリッパ料理が出来るところを見せようと、自宅に招くシーンがあった。
そのお宅も1700年築の建物の最上階にあり、狭く急な階段を6~7階昇っただろうか、階段の最終点突き当りの昔の使用人部屋か物置部屋であっただろう狭く入り組んだ部屋に案内された。
はじめの部屋からキッチン、寝室、屋上へとぐるぐる階段を上って移動する、まるで巻貝に住んでいるヤドカリみたいであった。
男の人は、「このジェノバは路地と建物がぐるぐると渦を巻いて、自分はその渦に守られているんだ。」と、話していた。
たしかに、巻貝の住人「ヤドカリ」さんは、更に大きなジェノバ巻貝の中に住んでいるのだと、思わず納得してしまった。
それから、ジェノバといえば、「ジェノバ風ペースト」。
フレッシュ・バジルとパルミジャーノ・レッジャーノ&サルデーニャ産ペコリーノチーズ、松の実、ニンニク、エクストラ・バージン・オリーブオイルを、大理石の乳鉢ですりつぶしてペーストにする。
栗のニョッキが、ジェノバ風というけれど、様々なパスタで是非とも味わってみたい。
出来合いの瓶詰めのペーストならば、ときどき食すが、バジルの色が美しいエメラルドグリーンではない。
作り置きはきかないといっていたが、なるほどと頷けた。
出来立ては、バジルとチーズ、オリーブオイルの香りが素晴しいのだろうと想像し、思わず唾をごくりとしてしまった。
今日でジェノバが、「是非とも訪れてみたい街」に加わった。
細くどこまでも続く路地に、ひしめく魅力的な商店、中世の面影を色濃く残すヨーロッパ一大きな旧市街、美味しい食べ物。
どれもこれもが、「ジェノバへいらっしゃい」と手招きをして、あらん限りの誘いの言葉を投げかけてくる。
これに抗える人は、如何程いようか!