つれづれ日記

心と目の記録

デンドロと老い

2011-03-04 13:48:16 | Weblog



デンドロビュウム   (セカンドラブ トキメキ)

2月初めに頂いた蘭デンドロの花があと4輪を残していよいよ終わりになりました。
でんどろの花は枯れる前に透き通ってきて、しなびて落ちます。
元気に輝いている花を見ていると、つい透き通ってしなびる花が邪魔になり
取り除いて綺麗な花ばかりにして眺めます。全体が生き生きして新鮮です。

近頃自分の年のせいか「老い」の活字が目に入り、「老いの才覚」をはじめ
老いに関する本が色々出版されていて目にとまります。。
毎日デンドロの老いにさしかかった花を摘みながら、老いたるものの運命を考えてしまいます。
1972年頃、同居している姑がまだ70歳くらいでしたが、私は老いと云う事について、しみじみ考えていたのです。
フランスの哲学者で作家のボーブォワールは「1970年に「老い」を著し、1972年に
朝吹 三吉による邦訳版上下巻が出版されました。
私はすぐに買って読み初めましたが、日本の姥捨て山の話より、もっと悲しく読むのも辛いことが出てきて
そこで見るのを止めてしまい処分してしまいました。

老いは廃物とか、保護の対象、文明の挫折など思いたくない感じ、
デンドロの盛りを過ぎた花を摘み取りながら、老いを改めて考えてしまいました。
改めて{老い」の本を図書館から借りて読んでみるつもりです。




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