フケモンGO 10
クラッときた
オリンピックの開会式を見損ねた。
この三日、風邪をこじらせて寝込んでしまったので仕方ない。
だけど悔しい。
もちろん、ユーチューブなんかで、いくらでも見ることはできるけど、やっぱライブでなきゃね。
やっと熱が下がったので、身ぐるみ脱いでシャワーを浴びた。
この暑い盛りに足掛け三日もお風呂に入っていなかった。17年間の人生で初めてのことだ。
ボディーソープで洗うけど、いつものように泡立たない。三日分の汗と汚れなんだけど、めちゃくちゃ気持ち悪い。
プハー!
風呂上り、コーラを飲んでオッサンみたいにプハる。
風呂上り、それも三日ぶりになると、その感激に性別も年齢もないらしい。
マスコミブースに銃痕!
オリンピック記事の端っこの見出しが目についた。
オリンピック会場のマスコミブースで銃が撃ち込まれたようだ。大丈夫なのかと心配になる。
幸い、人がいない時間帯に撃ち込まれたようで、被害に遭った人はいないようだ。選手もそうだけど、取材しているマスコミ関係者も偉いと思う。銃のタマなんか撃たれたら、どこの誰に当たるか分からないもんね。
「今日は近場にしておこうか」
部屋に戻ると芳子さんが、朝顔みたいな爽やかさで提案してきた。朝顔の健康さには逆らえない。
スマホを持って角を二つ曲がる。
いつもの道なら公園の前に出るんだけど、反対方向なので川沿いに出る。
――あ、(!)マーク!――
いつもの(!)マークなんだけど、マークの肩の所に(・)が踊っている。こんなのは初めてだ。
やがて見えてきたのは防空頭巾にモンペ姿のセーラー服だった。
なんか、駆けている姿で、実際走っているんだけど、CGのハメ込みみたいに前には進まない。
――ああ、これは空襲の最中に逃げているんだ――
フケモンGO慣れたあたしの感性は、素直にありのままを受け入れた。
で、胸がサワサワしてきて、なんか声を掛けなきゃいけない気持ちになった。
「あ、ちょっと!」
平凡だけど大きな声が出た。
「え……」
女学生が振り返る。
キューン!
女学生のすぐ向こう、そのまま彼女が走っていたら、そこに達していたところで鋭く音がした。
あたしが声を掛けなければ当たっていたと直感した。
女学生の反応は、それまでフケモンGOで捕まえた人たちとは違っていた。
声を掛けたあたしのことが分からないようだ。
キョロキョロしているうちに消えてしまった。
「歴史が変わるかもしれないわ」
いつのまにか後ろに現れた芳子さんが呟いた。
「あの子、この川岸で流れ弾に当たって死ぬところだったの……」
「……あたし、助けちゃったの?」
「そういうことね……あの子は生き延びて誰かと結婚するでしょうね」
「そうなんだ、よかった!」
フケモンGOをやるようになって、初めて人の役に立ったと感動した。
「でも、本当なら生まれるはずがなかった子どもが生まれるわ。影響出るでしょうね……」
そう言うと、芳子さんはスマホの中に戻っていった。
その帰り道、クラッときた。
その時は、暑さか、治りきらない風邪のせいかと思ったんだよね……。