やくもあやかし物語 2
ちょっと……ちょっと……ちょっと……ちょっと……ちょっと起きて……
聞き慣れた声がくりかえしわたしを呼んで、十回ほど呼ばれたところで――あれ?――と思って目が覚めた。
覚めたと言ってもほんのちょっぴり、まだ半分以上は寝てるんだけどね。
例えばさ、朝、ラジオかテレビの音がする。いつもお母さんとか、家の人間が点けてるラジオかテレビだったら、気にせずに二度寝とかするでしょ?
あの番組だったらまだ遅刻する時間じゃない、お母さんがフライングして、半分嫌がらせで点けたとかね。
ところがさ、そのラジオだかテレビだとかの音がすこし変だとする。
同じアナウンサーだかタレントだかの声、同じテーマ曲。でも、音の圧が違う。
いつもと同じところから聞こえてるんだけど、いつもは……そう、たとえば外したヘッドホンから漏れてくるぐらいの音だったのが、イッチョマエのスピーカーから聞こえてるとかだったら――あれ?――とか思って、うっすら目を開ける。そんな感じ。
なにぃ~~~~
うっすら目を開けると、じんわりと驚いた。
だって、声はいつもの御息所だけど、ベッドに腰掛けて、こちらを見ているのは、いつもの1/12サイズじゃなくて等身大。で、ちょっと大人びてる。
『六条御息所ですよ』
え?
『やくものところに間借りしている六条御息所ですよ』
え……うそ?
御息所は俊徳丸が退治した鬼の腕を机の引き出しにしまっておいたら、いつのまにか変身していた。フィギュアみたいな1/12サイズの小憎たらしい女の子だよ。こんな等身大の大人の女の人じゃない。
でも、まとってるオーラは馴染んだ御息所。
『これがリアル六条御息所なのです』
ウ、言葉も大人だし。
『大事な話なので、折り目正しく現れたのです』
「そ、そうなんだ」
見た感じアラサー……でも、光源氏って若かったよね、たしか19歳ぐらいの設定だったと思うよ。
『七歳年上ですからね』
七歳上……なら、こんなもんか。
「そか……で、なんの用事ぃ?」
眠い目をこすって、上半身だけ起きる。
『じつは、デラシネのことで言っておかなければならないことがあるんです』
グッと寄せてきた顔は、さすがに光源氏に愛された才色兼備の年上美人。めちゃくちゃきれいで、ミテクレとかは17歳でかなぐり捨てたというか諦めたわたしだけど、息が詰まるんじゃないかと思ったほど。
でもね、50センチぐらいに寄って来るとね、うっすらと目尻に小じわ。光の加減もあるのかもしれないけどボンヤリとほうれい線。
ほんとうにリアル御息所?
「ちょっと待って」
『ん?』
枕もとのスマホを取って、パパっと検索。
すると、六条御息所の年齢には原作の『源氏物語』の中でも矛盾があるとかで二つの説がある。7歳年上説と17歳年上説。
50センチに迫った御息所は後者の方だ。
いっしゅんムッとしたようだけど、となりでネルが寝ているのを確認して、ちょっと深刻な話をし始めたよ……。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン