やくもあやかし物語 2
パン パパン パパパパン パパパパン パパパパン パパパパン
一面の雪景色とは対照的に晴れ渡った青空に綿毛のような煙がいくつも上がる。
せっかくの花火なので、夜にやろうという意見もあったんだけど、そういうのは、ついこないだのクリスマスでもやったし、やっぱり風呂屋の開湯式は昼間がいい!
ということで、日本で言えば七草の今日、松の湯の開湯式が行われる!
開湯式(かいとうしき)って変な言い方なんだけど、開湯は解凍にも通じて、凍えるような冬の寒さから解放されるって感じがいい。
考えたのはメイソン・ヒル。
メイソンはイギリスの子爵の息子。ラノベやアニメのイメージだと子爵とかいうと、ノブレスオブリージュとか言って気位が高くて鼻持ちならないタカビーって感じだけど、ちょっと違う。
「アヘン戦争からこっち、うちの先祖はとんでもない奴ばっかりだった」
てなことを言う。
イギリスには『英国病』という厄介な病気があるんだって。
イギリスは大英帝国とか云って(今もグレートブリテンだから、訳したら今でも大英帝国なんだけどね)世界の半分を植民地とかにして支配したり迷惑かけたことを戦後反省しまくってアジアやアフリカのことを持ち上げる。
それで、ネットで調べて開湯式というのを発見して命名した。
『なんか役所言葉みたいで変よ』とポケットの中の御息所は言う。
御息所は平安時代のヤンゴトナキ人だから馴染まないんだよね。平安時代のヤンゴトナキ人たちは、大和言葉っていうか訓読みだったからカイトウシキなんてカクカクした言い方は『武者か叡山の法師めいて品が悪い』らしい。交換手さんは『いいんじゃないですか、樺太で温泉を開くときは、そう言ってました』と大らか。
花火は流行り病でお祭りとかを自粛していた時のが余ってて使い放題。
パパパパン パパパパン パパパパン パパパパン
花火の煙の下にはコンクリートの煙突。
煙突には、由緒正しい逆さクラゲの下に『福の湯』とペンキで書かれている。
「みなさん、待ちに待った銭湯が完成しましたよぅ(^▽^)/」
学校の総裁であるヨリコ王女がお立ちになって挨拶される。
「挨拶というか説明です。ええ、入って右が男風呂左が女風呂。どちらも壁の所に下駄箱があります。履物は脱いで下駄箱に入れます。木製の鍵があるからガチャっと押して鍵をかけ、鍵は持って入ります。鍵はこれね」
ヘエエ
カマボコの板を半分にして切り込みを入れたような鍵を示す。
「入ったところに番台があるけど、これは日本で営業中だったころの名残なんでパス。脱衣用の木製ロッカーが左右にあるから、そこに脱いだものを入れる。あ、下駄箱の鍵も忘れずに入れてね。脱衣箱にはアルミの鍵が付いてるから、その鍵は……これ。ゴム紐が輪っかになってるから手首に付けとくの、こんな風ね」
「殿下、モニターにイラストが出ます」
ソフィー先生がリモコンを押すと、大型プロジェクターに、そこまでのイラストが現れ、みんなウンウンと頷く。
「浴室に入るのは、基本的にすっ裸!」
オオ アア ヤッパリの声が上がる。
「湯船に入るのは体を洗ってからね。どうしても先に入りたい人は、ざっとかかり湯をしてから。湯船の中にタオルを漬けてはいけません。湯船の縁に置いておくか畳んで頭の上に載せる」
あ、アニメで見た! とか声が上がる。
「湯船は大きいけど飛び込んではいけません。そっと静かに入る。お喋りぐらいはしてもいいけど、騒いじゃダメです。歌を唄ったり踊ったりもしないようにね。それから、お風呂が開いている時はノレンって云うのが入り口にかかって……そう、これね」
ソフィー先生が持ち上げて示してくれる。
「いちおう学校のお風呂だけども、警備の兵隊や職員の者も使います。みんなで仲良く使ってください。むろん、露天風呂の方も引き続きやってるから、気分次第、込み具合を見て使ってください」
王女さまぁ時間でーす!
担当のメイドさんが暖簾をかけながら元気に開店を知らせた。
早くも洗面器にタオルや着替えを載せた生徒や職員が押し寄せ、あっという間に定員いっぱいに。
残った人たちは、露天風呂の方に行ったり、三十分後の入れ替えを待ったり。
混雑を予想していたわたしたちはひとまず宿舎の方へ……行こうとしたら気配を感じた。
やっぱりデラシネ。
――今夜、いっしょにお風呂に入ろ――
そう思念を送ったけど、反応は無くって、すぐに気配は消えた。
☆彡主な登場人物
- やくも 斎藤やくも ヤマセンブルグ王立民俗学校一年生
- ネル コーネリア・ナサニエル やくものルームメイト エルフ
- ヨリコ王女 ヤマセンブルグ王立民俗学学校総裁
- ソフィー ソフィア・ヒギンズ 魔法学講師
- メグ・キャリバーン 教頭先生
- カーナボン卿 校長先生
- 酒井 詩 コトハ 聴講生
- 同級生たち アーデルハイド メイソン・ヒル オリビア・トンプソン ロージー・エドワーズ
- 先生たち マッコイ(言語学)
- あやかしたち デラシネ 六条御息所 ティターニア オーベロン