大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

コッペリア・23『パセリは式神の香りがする』

2021-06-14 06:22:56 | 小説6

・23 

『パセリは式神の香りがする』 

 

 


 まな板を叩く音が乱れた。


「栞ちゃん……?」

「え、あ、いえ……」

 

 事の起こりはスマホだ。

 校門を出たところで着メロが鳴った。A大臣の伸子夫人からだった。

――遊びに来ない?――

 50も歳が違うというのに、同級生を誘うような気楽な文面だった。

 で、伸子夫人から、簡単な料理の基本を習っているところだ。

 パセリを微塵切りにして保存する方法を習っている。

 微塵に切るのはお手の物だった。

 朝ごはんに入れるネギを切るのと変わりない。だけど、その変わりの無さから、写真立ての中身が思い出された。

 写真立ての表は富士山だが、その下には女の人の写真が隠れている。

 セラさんといっしょに部屋の掃除をしているときに発見したのだ。

 焼きもち……ではない。颯太とは兄妹の関係……ということになっているし、そう思っている。

 栞は、かなりの確率で人の心が読める。

 颯太の心もほとんど分かっているつもりだ。

 ただ、あの写真の女の人に関しては、颯太の心の鍵が硬くて読むことができない。そして半分は読むことそのものに栞は恐れをいだいていた。それが包丁の音の乱れになった。

「……そうだったの」

 伸子夫人は聞き上手だ。

 聞いてもらうと、それだけで安心できるような穏やかさと心の広さが夫人にはある。

「そうだったの……それだけ鍵がかかっているというのは、強い思いが、その写真の女の人にあるのね」

「恨みとかじゃないんです。そんな暗い感情は感じませんから……でも痛みを感じるんです。大阪からわざわざ東京に越してきたことも、その人が関係している……勘ですけど」

「そうね……あ、パセリは布巾で包んで水に晒して、ギュッと絞る……そうそう、脱水機にかけたぐらいになるまでね。あとは少し乾燥させて密封容器に入れて、冷凍庫で保存。必要な時にお料理にかければ、新鮮な刻みたてのパセリに戻るから」

 二度絞って布巾を開くと、パセリの青い香りが広がった。

「……こんな風に、お兄ちゃんの心も解凍できればいいんですけど……パセリの青い香りっていいですね」

 栞は、パセリのまじりっけなしの青い香りが、こんなにいいものだとは思わなかった。

「お兄さんの想いも、パセリと同じかもね……そうだ、ちょっと待っててね!」

 伸子夫人がキッチンを出ていくと伸子夫人の孫の竜一がスーツ姿で現れた。

「やあ、今日も来てたんだ」

 本当は、伸子夫人がいなくなるのを見計らって入ってきたのが丸わかりだった。

「あ、コーヒー飲もうと思って」

 見透かした栞の目にたじろいで、竜一は一時しのぎの出まかせを言う。

 栞は竜一の無邪気な自分への関心を不愉快には思っていなかった。

「それなら、あたしが一から淹れます。そこに座って待っててください」

 豆を挽くところから作ってやった。

 竜一は心ときめかして栞を見ている。

 竜一の頭の中では、背を向けてコーヒーを入れている自分が裸にされているのがおかしかった。女の子への憧憬が少年のように初々しい。

 三人分のコーヒーが入ったところで伸子夫人が戻って来た。

「またこんなところで。今日は就活のガイダンスでしょ、さっさと行きなさい」

「お引止めしたのは、あたしなんです。コーヒーが飲みたいっておっしゃるんで、パックのじゃ味気ないから、伸子さんの分もいっしょに作っておきました」

「そうなの、ありがとう。飲んだらさっさと行くのよ竜一」

「う、うん」

 竜一が出ていくのを見計らって、伸子夫人は人型の紙を取り出した。

「これ、式神っていうの。実家が陰陽師の家系でね、ちょっとこんなことも。ご先祖は、これを人間に化けさせて、いろんな用事をさせたらしいけど、そこまでの力はさすがに無い。でも、お兄さんの枕の下にでも置いておけば、お兄さんの深層心理が分かるかも……」

「これでですか……」

「まあ、半分遊びだと思って」

 栞は、式神が優しいオーラを放っていることに気づいた……パセリの香りに似合うオーラだった。 


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