鳴かぬなら 信長転生記
袴を着けずに表を歩くのは久しぶりだ。
尾張のうつけと呼ばれた子供のころ以来か。
歩くたびに素肌の内股が擦れ合うのは面妖な感覚だ。
子どものころは、ツンツルテンの着流しでも外股に歩いていたので、ほとんど内股が擦れ合うことは無かった。
馬に乗った時、肌で馬の熱を感じるのはいいものだった。こちらの意思も、馬の鼓動や熱、肌の潤いも直接感じられて、まるで人馬一体になったようだった。伴天連の絵の中に馬と人が合体したケンタウロスというのがあったが、あの感覚だな。
こうやってくるぶしまでの小袖を着て、内股を擦れ合わせて歩いていると、感じるのは自分の熱であり、自分の潤いだ。
そうなのか、女と言うのは、こういう具合に絶えず自分というものを意識して生きているのだな。
そう合点すると、女と言うのは可愛い生き物ではある。ん……こういう感覚を『萌』と現すのか。
しかし、自分自身を萌という範疇で捉えるのは願い下げだ。
『信長君』
「なんだ?」
『よく順応してる。ちゃんと歩道を歩いてるし、信号も守ってるし、なかなかよ』
「そうか」
『そうしながら、女性の自我の有り方を考察するなんて、並みの男じゃ、なかなかできないことよ』
「用件を言え」
『えと、その喋り方……』
「喋り方がどうした」
『喋り方もインストールしたはずなんだけど、バグなのかなあ……』
「喋り方は変えられん」
『でも、令和の時代には、ちょっと似つかわしくない』
「しかし、ジェンダーフリーという概念があるではないか」
『あ、もう、そういうのも理解してるんだ(^_^;)』
「性に合わんがな。言葉まで女になれというのなら、ジェンダーフリーでいくぞ」
『「ボク少女」というのもあるから、ま……いいか』
「『ボク』は使わんぞ、僕は下僕の僕であろうが。お前も熱田大神であろうが、情けないことを申すな」
『アハハ、ま、いいか(^_^;) じゃ「俺」ってのでどうかなあ』
「まあよいわ。それで手を打ってやろう」
『令和の時代にはTPOってのがあるからね、時と場所は考えて喋ってね』
「分かっておる。儂、いや俺も帝の前でため口はきいたりしないぞ」
『あ、そうだよね。それじゃ、家族構成とか送ったから、スマホ見て』
「……両親は、母親、父親としか出ていないぞ。親は名無しか」
『親は海外で暮らしてることになってる。そのため今の家に引っ越してきたってことになってるから。必要な経費は親から振り込まれてくる設定になってる』
「承知」
『でも、バイトとかは禁則事項じゃないから、気が向いたらやってもいいわよ』
「天下取りというバイトはないのか」
『ありません!』
「ん? 家族に『織田一(はじめ)』というのが出てきたぞ」
『あ、ひとつ下の高校生だから、可愛がってあげるのよ。間違っても殺したりしないで』
「令和の時代では、殺人は法度であろう」
『じょ、冗談よ(^_^;)』
「ふふ、俺には信行を殺した前科があるからな」
『も、もう、そういうこと言うんじゃない』
「焦ったお前も可愛いぞ」
『神さまに可愛い言うなあ!』
「ワハハ」
『それから、歩きながら大きな声出さないようにね。今はスマホだから、ま、あれだけど、それでも、こんな大声で電話してる人なんか、令和の時代にはいないからね。もう、戦国時代の人間て、思ったこと、そのまま口にするからイヤ、要注意ね』
「承知!」
スマホを切って、目を周囲に向けると、通行人どもが怪訝な目で俺を見ている。
美少女に大声とため口はミスマッチか。
ひとつ勉強した。
勉強はしたが、面白いと思うぞ。