「ここに、もう一つ天守閣があったのよ」
「え、二つも天守閣があったの?」
タクミ君は、不思議そうに言った。
「うん、秀吉が死んだあと、家康は大老の名目で西ノ丸にも天守閣を作って、自分が事実上の天下人であることを、見れば分かる形で示したの。大名の多くが、この西ノ丸に挨拶に来るようになったわ」
「ちょっと、今の世界に似てるね」
「あの大手門の脇にあるのが千貫櫓」
「千貫……建築にかかった費用?」
「ううん。大坂城の前の石山本願寺のころから、あそこに櫓があってね、あそこからたくさんの鉄砲で狙われるので、攻めあぐねた信長が『あの櫓を陥とした者には、褒美に千貫やるぞ!』って言ったのが始まりで、それ以来秀吉、家康に引き継がれても、あそこに建った櫓は『千貫櫓』ってよばれるようになったの」
「へえ、歴史にも、いろいろ学ぶところがあるね。天守閣が二つになった段階で、天下の権が移ったことを豊臣が理解していれば滅びなくて済んだかもしれないし、『千貫櫓』の名前を引き継ぐだけで、程よく威嚇にも親しみにもなる」
あたしとタクミ君は、梅雨の晴れ間の大阪城に来ている。でもデートなんかじゃない。あるものの実用試験を兼ねた任務があるのだ。
「しかし、タクミ君て晴れ男ね。あれだけの雨が、ピタリと止んじゃうんだもん」
「そうかな、ちょっと検索してみよう」
これが今朝決めたばかりの愛言葉。あたしは指輪を外し、タクミ君は自衛隊特製のスマホを取り出した。
「……タクミ晴れ男、で、エンターと」
――読める……C国領事が、瀋陽に向かう――
あたしは、もう一度指輪を嵌めた。
「もう一度試してみよう」
タクミ君は、もう一度「タクミ晴れ男」と打った。今度はタクミ君の心は読めなかった……。
その数時間後、関空で一騒ぎがあった。
C国の瀋陽行きの飛行機に乗ろうとしていた大阪のC国領事が拉致されそうになり、待機していた警察によって、容疑者たちの身柄は確保され、C国領事は、無事に瀋陽に飛び立った。
いくつかのことが明らかになった。
C国は、佐世保沖の海戦以来、分裂の様子がある。首都を中心とする政府の中枢と、南部の大都市を中心とする分派。軍と地方政府は、どちらについているか分からなかった。表面的には静観の様子だが大阪領事が動いたように、水面下では勢力争いがおこっており、C国は事実上分裂の方向に動き始めている。
C国は、日本に宣戦布告はしたものの目立った動きをしていない。在留邦人も一応無事だ。政府はC国の事態の流動化を懸念して、帰国勧告を出している。日本企業の撤退は、この一週間で顕著になり、外国資本も逃げ出している。
C国は統一と分裂を繰り返すのが国家的生理である。七十年の統一の時期が終わり、分裂の時期に入ったと言っていいだろう。
もう一つ分かったことは、さざれ石がタクミ君の思念を読み取るバリアーになることである。タクミ君は喜んだ。これでヨコシマナことを思っても、あたしに気づかれずに済む。
ただ、さざれ石を身に着けるかどうかは、あたしの気持ち次第ではあるので、とりあえずC国とのことが決着がつくまでは、自衛隊での生活が続きそうな気配なのよ。