オフステージ(こちら空堀高校演劇部)31
「マシュー・オーエン」
車いすの少女が寂しそうに部室棟を見つめている。
震度6の地震で倒壊の危険があるといっても、いきなりの立ち入り禁止はないだろうと思った。
気づくと、ミリーはスマホを出して構えている。
本当は断ってから写さないといけないんだろうが、そうすれば、少女の自然な寂しさが出ないとも思った。
ま、撮ってから声を掛ければいいや。
そう思ってシャッターを切ろうとすると、風がブロンドの髪をそよがせ、顔に掛かってしまって手許が狂った。
車いすのステップに載った足だけが写り、画面の大半はトラロープで封鎖された部室棟だ。
――良い写真になった!――
少女に声を掛けようとしたら、再び髪がそよいだ、今度は目と口にまとわりつく。
「もー、ペッペッペ!」
髪を整え直した時には少女の姿は無かった。
――ま、足だけしか写ってないし……――
写真はサイズを変えただけでSNSに投稿した。
別に、これで世論を喚起しようなどと大それたことは考えていなかった。
――あの校舎を壊すっていうの!?――
――かわいそう!――
――あの足だけ写っている少女は!?――
「マシュー・オーエン」
車いすの少女が寂しそうに部室棟を見つめている。
震度6の地震で倒壊の危険があるといっても、いきなりの立ち入り禁止はないだろうと思った。
気づくと、ミリーはスマホを出して構えている。
本当は断ってから写さないといけないんだろうが、そうすれば、少女の自然な寂しさが出ないとも思った。
ま、撮ってから声を掛ければいいや。
そう思ってシャッターを切ろうとすると、風がブロンドの髪をそよがせ、顔に掛かってしまって手許が狂った。
車いすのステップに載った足だけが写り、画面の大半はトラロープで封鎖された部室棟だ。
――良い写真になった!――
少女に声を掛けようとしたら、再び髪がそよいだ、今度は目と口にまとわりつく。
「もー、ペッペッペ!」
髪を整え直した時には少女の姿は無かった。
――ま、足だけしか写ってないし……――
写真はサイズを変えただけでSNSに投稿した。
別に、これで世論を喚起しようなどと大それたことは考えていなかった。
――あの校舎を壊すっていうの!?――
――かわいそう!――
――あの足だけ写っている少女は!?――
いろんなコメントが、主に母国アメリカから寄せられた。
決め手は、伯父からの電話だった。
――あれはひいお祖父さんが日本で建てた記念碑的建築物だよ!――
伯父は、その後に日本到着の日時と便名をメールで寄越してきた。
「もー、おっちゃんらは気ぜわしすぎ!」
関空のゲートに現れた大叔父夫婦に口を膨らませた。
「よう、元気そうじゃないか!」
「二年ぶりね、すっかり大人びちゃって!」
「おばちゃん、うち汗かいてるよって」
ハグしてきた伯母に気を遣う。
「ハハ、なるほど、その髪はヒヤシチュウカを連想させるなあ!」
啓介に言われて、最初はむかついたが、自分でも冷やし中華のファンになると、面白いのでSNSに載せていたのである。
「ひいお祖父ちゃんは、ここのところ見直されてきてね、円熟期の作品はいくつも残っているんだが、若いころの作品はアメリカにも残ってないんだよ。本物だったら大発見だ」
「車いすの少女もいいわね、彼女の細い足が、気持ちを十二分に現している。あの子がやっと見つけた居場所を奪っちゃいけないわ」
ミリーからすればひいひいお祖父さんにあたるマシュー・オーエンは近年注目され出した建築家だ。
ミリーはすっかり忘れていたが、自身建築家である伯父は、ミリーの投稿を見て矢も楯もたまらずに日本にやって来たのだ。
「今日は学校休みやから、明後日でも見に行く?」
電車に乗ったころには、具体的な視察の話になっていた。
「大使館を通じて話はつけてあるよ、この足で見に行くよ」
「案内頼むわね」
「あ、あたし制服着てないし」
休日でも生徒の登校は制服と生徒手帳に書いてある。ミリーは、こういうところは日本人の生徒よりも律儀なのだ。
「急な話なんだから、私服でもいいんじゃないか?」
「あら、わたしはミリーの制服姿見てみたいわ!」
ミリーは下宿先に戻って着替えることになった……。
決め手は、伯父からの電話だった。
――あれはひいお祖父さんが日本で建てた記念碑的建築物だよ!――
伯父は、その後に日本到着の日時と便名をメールで寄越してきた。
「もー、おっちゃんらは気ぜわしすぎ!」
関空のゲートに現れた大叔父夫婦に口を膨らませた。
「よう、元気そうじゃないか!」
「二年ぶりね、すっかり大人びちゃって!」
「おばちゃん、うち汗かいてるよって」
ハグしてきた伯母に気を遣う。
「ハハ、なるほど、その髪はヒヤシチュウカを連想させるなあ!」
啓介に言われて、最初はむかついたが、自分でも冷やし中華のファンになると、面白いのでSNSに載せていたのである。
「ひいお祖父ちゃんは、ここのところ見直されてきてね、円熟期の作品はいくつも残っているんだが、若いころの作品はアメリカにも残ってないんだよ。本物だったら大発見だ」
「車いすの少女もいいわね、彼女の細い足が、気持ちを十二分に現している。あの子がやっと見つけた居場所を奪っちゃいけないわ」
ミリーからすればひいひいお祖父さんにあたるマシュー・オーエンは近年注目され出した建築家だ。
ミリーはすっかり忘れていたが、自身建築家である伯父は、ミリーの投稿を見て矢も楯もたまらずに日本にやって来たのだ。
「今日は学校休みやから、明後日でも見に行く?」
電車に乗ったころには、具体的な視察の話になっていた。
「大使館を通じて話はつけてあるよ、この足で見に行くよ」
「案内頼むわね」
「あ、あたし制服着てないし」
休日でも生徒の登校は制服と生徒手帳に書いてある。ミリーは、こういうところは日本人の生徒よりも律儀なのだ。
「急な話なんだから、私服でもいいんじゃないか?」
「あら、わたしはミリーの制服姿見てみたいわ!」
ミリーは下宿先に戻って着替えることになった……。