フケモンGO・07
じゃ……いきます
本物の幽霊というのは怖くない。
怖くないといっても、幽霊は二人しか知らないんだけどね。
宇佐軌組の女親分、剛力誠さんとネイサン・オウェン中尉。
誠女親分は、やくざということと名前から男だと思っていたら美人のオネーサン。ネイサンはカンカン照りの昼下がり、必死でパラシュートのバックルを外そうとしていて、あとで幽霊と分かった。
最初の印象が強いので「あ、そう言えば幽霊なんだ」って感じで怖くない。
「しばらくはネイサンに付いて行ってくれる?」
ベッドから起き上がると、立膝で覗き込んでいた那比気芳子さんに頼まれた。
「え、あ、うん……」
寝ぼけ眼で返事すると、ニッコリ笑って芳子さんは消えてしまった。
学校がある時はトーストとジュースだけで飛び出すんだけど、夏休みなんでベーコンエッグを乗っけて倍の時間をかけて食べる。
ジャイアンツのキャップを被って玄関を出るとネイサンが待っている。
「よ、おはよう! ヨシコから聞いてもらったと思うんだけど、捜してもらいたい人たちがいるんだ」
「えと……これで分かるのかな?」
スマホをヒラヒラさせてみた。
「そうそれ。フケモンGOっていうのかなあ、目標は赤の!マークで出てくるよ」
あたしはナビ画面の地図をムニューっと指で広げてみた。
「あ、一個だけ出てる」
!マークは市立図書館の駐車場でたそがれていた。
画面を見ると日本人らしいパイロットがゆったりと立っている。
「あ、君は……」
「君に撃墜されたP51のパイロットさ、ネイサン・オウエン中尉。まず君に会っておかなきゃと思って、こちらのアミに手伝ってもらってきたんだ」
「君は……?」
何を言っていいか分からないので、スマホを示した。
「えと、これのお蔭で見えるんです、ネイサンも、えと……あなたも」
「君は…………そうか、僕たちを捕まえる力があるようだね」
幽霊さんのせいか呑み込みが早い。
「えと、捕まえるなんてつもりはないんです、ただ……えと……」
「アミって、どんな字を書くんだい?」
「あ、こんな字です……」
あたしは空中に自分の名前を指で書いた。
「白瀬亜美さんか、良い名前だね。僕は小暮一馬中尉だ。よろしくね」
小暮さんは手袋を外して握手してくれた。あたしが終わるとネイサンとも握手。
「一つ聞きたいんだけど、どうして君は体当たりなんか仕掛けてきたんだい?」
「僚機が二機とも墜とされてしまったし、弾もなくなってしまったしね」
「そんなことで体当たりするのかい?」
ネイサンは「信じられない」という顔をした。
「そのまま帰ったら、ひと月もしないうちに特攻だ。特攻に出たら沖縄にたどり着く前に撃ち落される。それなら目の前を飛んでいる君を食っておこうと思ったんだ。君は、それまでに三機墜として四機目に目を付けていたしね」
すると、頭の中にイメージが画像のように浮かび上がった。金属バットに翼を付けたようなB29の大編隊を包むようにして飛んでいる護衛の戦闘機、その中の一つがブワーっと大きくなってコクピットにネイサンが居るのが分かった。日本の戦闘機は数えるほど……そのうちの一機がネイサン目がけて突っ込んでいく!
「そうか……納得したわけじゃないけど分かったよ。そうせざるを得なかったんだね」
「ああ、そうだよ」
「でも、弾もなくなったんだったら、小暮さん、死ぬことはなかったんじゃないですか?」
「そう思う?」
「特攻に出たって、百人に一人ぐらいは助かってるんだから」
平和学習で習った『生き残りの特攻隊員』の話を思い出して、思わず言ってしまった。
「目の前に敵が居たら、まずそっちだよ。でもありがとう、僕の命を惜しんでくれるんだね」
小暮さんは優しい目になった。
「じゃ、僕をそのケージで捕まえてもらおうか」
しばらく話をした後、小暮さんはあっさりと言った。
「じゃ……いきます」
あたしは画面の中のケージを指ではじいた。
四つ目のケージが満たされた……。