2009年5月17日(日)
カタツムリ歩行のゴール地、西東京市住吉町1丁目の尉殿(じょうど
の)神社でミーティング後、散会となる。
13時過ぎ、参道を南に抜けて神社を出た。
怪しい雲があり、多少天気が気になるが、時間が早いので、東久留
米か清瀬駅まで歩くことにした。
西に向かい、谷戸町三丁目からひばりヶ丘一丁目、南沢二丁目へと
住宅街を進み、落合川の毘沙門橋を渡る。
橋の近くにあった多聞寺に入る。創立は元仁年間(1224~5)との
こと。本堂に安置されている天満宮は学問の神として参拝者が多く、
武蔵野三十三観音霊場第五番札所でもある。
鉄筋造りの堂々たる本堂では、地元東久留米ロータリークラブ主催
の、「多聞寺・水辺コンサート」が開演されようとしていた。
すでに5回目で、この日は日本の歌やスペインの歌を、ソプラノ歌手・
小渡恵利子さんが歌うとのこと。聞きたいところだが、先の予定もある
のでやめにした。
総ケヤキ造りという山門は、材木を落合川に流して江戸に運び、獅子
の彫刻を彫らせたと伝えられ、嘉永5年(1852)ころの建立と考えられ
るという。
毘沙門橋の南に戻り、落合川の支流沿いにある氷川神社へ。
創立は明らかではないが、承応3年(1654)に再建の記録が残り、
現社殿は、昭和46年(1971)の竣工という。
落合川上流、数か所の湧水群の水源地にあり、古代より湧水守護
神として祭られていたらしい。
神社の前を流れる、落合川支流に沿って上流に向かう。
すぐ近くに、「南沢緑地」と呼ぶ、広葉樹を中心とした緑地が残って
いた。
この緑地内や周辺から湧出する湧水は、日量1万トンあり、すぐ上流
にある東京都水道局給水所では、構内の井戸から組みあげた水と、
荒川水系の水をブレンドして、市内の水道水としているという。
南沢緑地から住宅地を北に抜けて、落合川の橋を渡る。
川の北側は落合川水生公園。小さい池にスイレンが花を開いていた。
北に進み、東久留米市役所の西側を通過し、黒目川の曲橋を渡り、
近くの大園寺へ。緑に囲まれたりっぱな山門を入る。
ここも、先ほどの多聞寺とともに数年前、東久留米七福神めぐりで
訪ねたところ。本堂前には、格好の良い松が立つ。
松の下に大きな石灯ろうが1対あった。本堂の落慶祝いに、上野の
寛永寺から贈られたものという。
広い境内には、りっぱな護摩堂(下)や、大きな鐘楼などもある。
寺を出て、小山二丁目の古くからの家並みを進む。西側の十字路に、
石橋供養塔と3個の力石が移設されていた。
黒目川にかけた昔の3つの石橋を造ったときの供養塔と、地元の若
者の力比べに使った石とのこと。右側の力石には、45貫(約169㎏)
と刻まれている。
さらに北西へ。小山四丁目から新堀三丁目を抜け、15時25分に西
武池袋線清瀬駅に着いた。
(天気 曇、距離 7㎞、地図(1/2.5万) 吉祥寺、志木、歩行地
西東京市、東久留米市、清瀬市、)
カタツムリ歩行のゴール地、西東京市住吉町1丁目の尉殿(じょうど
の)神社でミーティング後、散会となる。
13時過ぎ、参道を南に抜けて神社を出た。
怪しい雲があり、多少天気が気になるが、時間が早いので、東久留
米か清瀬駅まで歩くことにした。
西に向かい、谷戸町三丁目からひばりヶ丘一丁目、南沢二丁目へと
住宅街を進み、落合川の毘沙門橋を渡る。
橋の近くにあった多聞寺に入る。創立は元仁年間(1224~5)との
こと。本堂に安置されている天満宮は学問の神として参拝者が多く、
武蔵野三十三観音霊場第五番札所でもある。
鉄筋造りの堂々たる本堂では、地元東久留米ロータリークラブ主催
の、「多聞寺・水辺コンサート」が開演されようとしていた。
すでに5回目で、この日は日本の歌やスペインの歌を、ソプラノ歌手・
小渡恵利子さんが歌うとのこと。聞きたいところだが、先の予定もある
のでやめにした。
総ケヤキ造りという山門は、材木を落合川に流して江戸に運び、獅子
の彫刻を彫らせたと伝えられ、嘉永5年(1852)ころの建立と考えられ
るという。
毘沙門橋の南に戻り、落合川の支流沿いにある氷川神社へ。
創立は明らかではないが、承応3年(1654)に再建の記録が残り、
現社殿は、昭和46年(1971)の竣工という。
落合川上流、数か所の湧水群の水源地にあり、古代より湧水守護
神として祭られていたらしい。
神社の前を流れる、落合川支流に沿って上流に向かう。
すぐ近くに、「南沢緑地」と呼ぶ、広葉樹を中心とした緑地が残って
いた。
この緑地内や周辺から湧出する湧水は、日量1万トンあり、すぐ上流
にある東京都水道局給水所では、構内の井戸から組みあげた水と、
荒川水系の水をブレンドして、市内の水道水としているという。
南沢緑地から住宅地を北に抜けて、落合川の橋を渡る。
川の北側は落合川水生公園。小さい池にスイレンが花を開いていた。
北に進み、東久留米市役所の西側を通過し、黒目川の曲橋を渡り、
近くの大園寺へ。緑に囲まれたりっぱな山門を入る。
ここも、先ほどの多聞寺とともに数年前、東久留米七福神めぐりで
訪ねたところ。本堂前には、格好の良い松が立つ。
松の下に大きな石灯ろうが1対あった。本堂の落慶祝いに、上野の
寛永寺から贈られたものという。
広い境内には、りっぱな護摩堂(下)や、大きな鐘楼などもある。
寺を出て、小山二丁目の古くからの家並みを進む。西側の十字路に、
石橋供養塔と3個の力石が移設されていた。
黒目川にかけた昔の3つの石橋を造ったときの供養塔と、地元の若
者の力比べに使った石とのこと。右側の力石には、45貫(約169㎏)
と刻まれている。
さらに北西へ。小山四丁目から新堀三丁目を抜け、15時25分に西
武池袋線清瀬駅に着いた。
(天気 曇、距離 7㎞、地図(1/2.5万) 吉祥寺、志木、歩行地
西東京市、東久留米市、清瀬市、)