第3日 2018年10月15日(月)
== スロベニアの首都リュブリャーナとポストイナ鍾乳洞の観光後
クロアチアのプリトヴィッツェへ ==
スロベニアの首都リュブリャーナ中心街の東北東にある、ラディソン ブルー プラザ
ホテルのレストランで朝食を済ませ、8時45分にバスでホテルを後にした。今朝は曇天
である。
今日の行程は、リュブリャーナ中心街の散策後、バスで約48㎞移動してポストイナ鍾
乳洞の観光、そして国境を越えてクロアチアに戻り、宿泊地のプリトヴィッツェ湖群国立
公園へ向かう予定である。
午前中はリュブリャーナ市内の観光で、市内中心部に入り9時5分にバスを下りた。
街の名「リュブリャーナ(Ljubljana)」は、市内を流れる全長41㎞のリユブリャニッ
ァ川にちなんで名付けられ、人口は約30万人、標高は298m前後とか。
500年にわたる神聖ローマ帝国の支配後、オーストリア・ハンガリー二重帝国に組み
込まれてハプスブルク家のもとで発展を遂げ、ルネッサンス、バロック、アールヌーボー
など各様式の建築物が調和した小さな芸術の都だという。
リュブリャーナに住む日本人女性ガイド〇〇さん(名前はメモ忘れ)の案内で、三本橋
の方に向かう。
広場に入って旧市庁舎↑の前を通過し、青いドームの聖リュブリャーナ大聖堂(聖ニコ
ラス大聖堂)の前に出た。
13世紀に創建され、船乗りや漁師が守護聖人ニコラウス(サンタクロース)に捧げた
教会とか。
火災により何度か再建を重ね、現在の建物はイエズス会の建築家ポッゾにより1706
年に建設されたもののよう。
東側のヴォードニコフ(Vodnikov)広場には、日曜以外の毎日に開催される青空市場が
ある。
たくさんのテントの下に青空市場が開催されていて、新鮮な野菜やたくさんの果物、生
活用品などが目に入り、多くの市民が訪れていた。
広場の北東側に架かるのが「龍の橋(Zmajsi most)」。1895年のリュブリャーナ大
地震で崩壊した「肉屋の橋(Mesarski most)」の代わりに1901年に建てられたアール
ヌーボー様式の橋である。
リュブリャーナ初の鉄筋コンクリート製で、橋の四隅にはリュブリャーナの象徴である
龍の像が据え付けられいた。
南側高台にそびえるリュブリャーナ城を眺めながら青空市場の横を戻り、次の「肉屋の
橋」を渡る。
2010年落成の新しい橋で、欄干にはカップルが「愛の誓い」を願って付けた南京錠
がたくさん並んでいて、恋愛スポットとして知られているという。
橋を渡ったところに、地元芸術家のブロンズ彫刻があった。
東側の「龍の橋」↑や、これから行く「三本橋(Tromostovje)↓」などを眺めで橋の南に
戻ることにする。
リュブリャーナ大聖堂などを見ながら西に少しで、リユブリャニッァ川が90度カーブ
する辺りに架かるのが「三本橋」である。
南東側の旧市街と西側の新市街を結ぶ小さな3本の橋だが、この川に架かる橋では最も
人々の往来が激しく有名な橋のよう。中世から何度も改善され、1930年代に建築家ヨ
ジェ・ブレチニクにより歩行者用の2本の橋が付け足されて現在の姿になったという。
橋の北西側はプレシェーレン(Preernov)広場で、リュブリャーナの中心にあたるとこ
ろ。
広場に面して、鮮やかなピンク色のフランシスコ会(Franciskanska)教会がある。
1646~1660年に建てられ、イタリアの影響を受けたルネッサンス建築の教会の
よう。
広場の三本橋のたもとには、19世紀スロベニア最大の詩人フランツェ・プレシェーレン
とミューズの銅像がある。
ちなみに、プレシェーレンの書いた詩が、スロベニア国歌の歌詞になっているという。
広場を囲む建物にもユニークなものが見られた。
三本橋を渡って旧市街に戻り、正面高台にリュブリャーナ城を見上げる。
下には市庁舎があり、その前にベナチア出身の有名な彫刻家フランシスコ・ロッパが建
築したという噴水がある。
だがこれはイミテーションとのことで、本物はナショナルギャラリーにあるようだ。
広い通りから細い通りへと進み、再びリュブリャーナ大聖堂(聖ニコラス(Sv.Nikolaja)
大聖堂)に向かう。
大聖堂前に出て、扉の彫刻や建物の装飾などガイドさんから説明を受けたが、メモして
ないのでその内容は紹介できない。
9時50分過ぎから10時15分までフリータイムとなる。少しだけ川を眺めた後、青
空市場のあるヴォードニコフ広場に戻り、市場の生花を眺めたり周辺の商店をのぞいたり
する。
リュブリャーナの観光を終えて10時25分にバスは出発し、南西に約48㎞のポスト
イナに向かう。 〈続く〉
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== スロベニアの首都リュブリャーナとポストイナ鍾乳洞の観光後
クロアチアのプリトヴィッツェへ ==
スロベニアの首都リュブリャーナ中心街の東北東にある、ラディソン ブルー プラザ
ホテルのレストランで朝食を済ませ、8時45分にバスでホテルを後にした。今朝は曇天
である。
今日の行程は、リュブリャーナ中心街の散策後、バスで約48㎞移動してポストイナ鍾
乳洞の観光、そして国境を越えてクロアチアに戻り、宿泊地のプリトヴィッツェ湖群国立
公園へ向かう予定である。
午前中はリュブリャーナ市内の観光で、市内中心部に入り9時5分にバスを下りた。
街の名「リュブリャーナ(Ljubljana)」は、市内を流れる全長41㎞のリユブリャニッ
ァ川にちなんで名付けられ、人口は約30万人、標高は298m前後とか。
500年にわたる神聖ローマ帝国の支配後、オーストリア・ハンガリー二重帝国に組み
込まれてハプスブルク家のもとで発展を遂げ、ルネッサンス、バロック、アールヌーボー
など各様式の建築物が調和した小さな芸術の都だという。
リュブリャーナに住む日本人女性ガイド〇〇さん(名前はメモ忘れ)の案内で、三本橋
の方に向かう。
広場に入って旧市庁舎↑の前を通過し、青いドームの聖リュブリャーナ大聖堂(聖ニコ
ラス大聖堂)の前に出た。
13世紀に創建され、船乗りや漁師が守護聖人ニコラウス(サンタクロース)に捧げた
教会とか。
火災により何度か再建を重ね、現在の建物はイエズス会の建築家ポッゾにより1706
年に建設されたもののよう。
東側のヴォードニコフ(Vodnikov)広場には、日曜以外の毎日に開催される青空市場が
ある。
たくさんのテントの下に青空市場が開催されていて、新鮮な野菜やたくさんの果物、生
活用品などが目に入り、多くの市民が訪れていた。
広場の北東側に架かるのが「龍の橋(Zmajsi most)」。1895年のリュブリャーナ大
地震で崩壊した「肉屋の橋(Mesarski most)」の代わりに1901年に建てられたアール
ヌーボー様式の橋である。
リュブリャーナ初の鉄筋コンクリート製で、橋の四隅にはリュブリャーナの象徴である
龍の像が据え付けられいた。
南側高台にそびえるリュブリャーナ城を眺めながら青空市場の横を戻り、次の「肉屋の
橋」を渡る。
2010年落成の新しい橋で、欄干にはカップルが「愛の誓い」を願って付けた南京錠
がたくさん並んでいて、恋愛スポットとして知られているという。
橋を渡ったところに、地元芸術家のブロンズ彫刻があった。
東側の「龍の橋」↑や、これから行く「三本橋(Tromostovje)↓」などを眺めで橋の南に
戻ることにする。
リュブリャーナ大聖堂などを見ながら西に少しで、リユブリャニッァ川が90度カーブ
する辺りに架かるのが「三本橋」である。
南東側の旧市街と西側の新市街を結ぶ小さな3本の橋だが、この川に架かる橋では最も
人々の往来が激しく有名な橋のよう。中世から何度も改善され、1930年代に建築家ヨ
ジェ・ブレチニクにより歩行者用の2本の橋が付け足されて現在の姿になったという。
橋の北西側はプレシェーレン(Preernov)広場で、リュブリャーナの中心にあたるとこ
ろ。
広場に面して、鮮やかなピンク色のフランシスコ会(Franciskanska)教会がある。
1646~1660年に建てられ、イタリアの影響を受けたルネッサンス建築の教会の
よう。
広場の三本橋のたもとには、19世紀スロベニア最大の詩人フランツェ・プレシェーレン
とミューズの銅像がある。
ちなみに、プレシェーレンの書いた詩が、スロベニア国歌の歌詞になっているという。
広場を囲む建物にもユニークなものが見られた。
三本橋を渡って旧市街に戻り、正面高台にリュブリャーナ城を見上げる。
下には市庁舎があり、その前にベナチア出身の有名な彫刻家フランシスコ・ロッパが建
築したという噴水がある。
だがこれはイミテーションとのことで、本物はナショナルギャラリーにあるようだ。
広い通りから細い通りへと進み、再びリュブリャーナ大聖堂(聖ニコラス(Sv.Nikolaja)
大聖堂)に向かう。
大聖堂前に出て、扉の彫刻や建物の装飾などガイドさんから説明を受けたが、メモして
ないのでその内容は紹介できない。
9時50分過ぎから10時15分までフリータイムとなる。少しだけ川を眺めた後、青
空市場のあるヴォードニコフ広場に戻り、市場の生花を眺めたり周辺の商店をのぞいたり
する。
リュブリャーナの観光を終えて10時25分にバスは出発し、南西に約48㎞のポスト
イナに向かう。 〈続く〉
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