愉しむ漢詩

漢詩をあるテーマ、例えば、”お酒”で切って読んでいく。又は作るのに挑戦する。”愉しむ漢詩”を目指します。

閑話休題273 陶淵明(2) 園田の居に帰る 五首 其一 (2)

2022-08-01 09:32:32 | 漢詩を読む

意を決して帰った故郷の情景を述べます。住居や木々の緑が濃い庭園の佇まい、路地の犬や樹上の鶏が歓迎の意を表して歌っているのでしょうか。ちょっと目を外に転ずれば、隣村の上空に炊煙がゆらゆらと立ち上っている。何とも長閑な田園風景の一コマである。「本来あるべき姿に戻れたのだ!」と、心底から安堵した胸の内の有り様を詠っています。

 

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<漢詩および読み下し文> 

 帰園田居 五首 其一 

09方宅十余畝、 方宅(ホウタク) 十余(ジュウヨ)畝(ホ)、

10草屋八九間。 草屋(ソウオク) 八九(ハチク)間(ケン)。

11楡柳蔭後簷、 楡柳(ユリュウ) 後簷(コウエン)を蔭(オオ)い、

12桃李羅堂前。 桃李 堂前に羅(ツラ)なる。

13曖曖遠人村、 曖曖(アイアイ)たり 遠人(エンジン)の村、

14依依墟里煙。 依依(イイ)たり 墟里(キョリ)の煙。

15狗吠深巷中、 狗(イヌ)は吠(ホ)ゆ 深巷(シンコウ)の中(ウチ)、

16鶏鳴桑樹巓。 鶏(トリ)は鳴く 桑樹の巓(イタダキ)。

17戸庭無塵雑、 戸庭(コテイ)に塵雑(ジンザツ)無く、 

18虚室有余閑。 虚室(キョシツ)に余閑(ヨカン)有り。

19久在樊籠裏、 久しく樊籠(ハンロウ)の裏(ウチ)に在りしも、

20復得返自然。 復(マ)た自然に返るを得たり。

    註] 〇方宅:敷地; 〇畝:面積の単位、当時、一畝は約5,6アール; 〇間:柱

      と柱の間、部屋数; 〇楡柳:ニレとヤナギ; 〇簷:ひさし; 〇羅:つらなる、

      分布する; 〇曖曖:ぼんやり霞んださま; 〇遠人:遠くにいて、関係の薄い

      人; 〇依依:慕わしげになびくさま; 〇墟里:集落; 〇深巷:町の奥まった

      路地; 〇虚室:内に何もない部屋; 〇樊籠:鳥かご、官として窮屈を余儀なく

      されたことをいう。

<現代語訳> 

09敷地は十畝あまり、

10草ぶきの家には八、九の部屋がある。

11ニレやヤナギが後ろの軒に影を作り、

12モモやスモモが広間の前に並ぶ。 

13ぼんやりと霞む遠くの村、

14ゆるやかにたなびく人里の煙。 

15路地の奥では犬が吠え、

16桑の木の上では鶏が鳴く。 

17我が家の門や庭にはつまらぬ俗客の出入りはなく、

18ガランとした部屋は十分に余裕がある。 

19長い間、籠の鳥の生活を続けてきたが、 

20これでまた本来の自然の姿に戻ることができた。 

         [松枝茂夫・和田武司 訳註 『陶淵明全集(上)』岩波文庫に拠る] 

<簡体字およびピンイン> 

   帰园田居   Guī yuántián jū  

09方宅十余亩、 Fāng zhái shí yú mǔ, 

10草屋八九间。 cǎo wū bā jiǔ jiān.        [上平声十五刪] 通韻

11楡柳荫后檐、 Yú liǔ yīn hòu yán, 

12桃李罗堂前。 táo lǐ luó táng qián.       [下平声一先]

13暧暧远人村、 Ài ài yuǎn rén cūn, 

14依依墟里烟。 yī yī xū lǐ yān. 

15狗吠深巷中、 Gǒu fèi shēn xiàng zhōng, 

16鶏鸣桑树巓。 jī míng sāng shù diān. 

17戸庭无尘雑、 Hù tíng wú chén zá,

18 虚室有余闲。  xū shì yǒu yú xián. 

19久在樊笼里、 Jiǔ zài fán lóng lǐ, 

20复得返自然。 fù dé fǎn zì rán. 

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陶淵明には《五柳先生伝 幷(ナラビニ)賛》と題する自伝風の作品がある。自らの心情を吐露した作品でしょう。まず、同作品を要約しつゝ、淵明の自画像を点描しておきます。

 

その冒頭に「先生はどこの人であるかは知らず、姓名も詳らかにするほどのこともない。ただ屋敷に五本の柳の木があるから、“五柳(ゴリュウ)”先生と号することにする」とある。楡や桃、李などの木がそれぞれ何本づつあるかは不明であるが、屋敷は結構な広さであったことが想像されます。

 

淵明8歳に父を失ったこともあり、少年時代に家運はすでに没落しかけていたらしい。しかし生母は、先に触れたが、孟嘉の娘で、教育熱心であったのでしょう。少年時代には儒家の教育を受ける環境にあり、早くから自然に親しむとともに、琴や書を愛していた。

 

《五柳先生伝 幷賛》は続けて記します:「五柳先生は、物静かで口数は少なく、名利には貪着なし。読書が好きだが、細かいことを詮索することはない。ただ ‘これは!’ と思える箇所に出くわすと、喜びの余り三度の食事も忘れてしまうことがある」と。さらに、

 

「生まれつき酒が大好きだが、貧乏なため存分に飲めるというわけにはいかない。親戚や友人が事情を知っていて、酒を用意して招いてくれることがある。すると彼は喜んで応じて、訪ねるや忽ち飲み干してしまう。酔うとすぐに帰っていく。決していつまでもぐずぐず居座ることはない、酔いさえすれば満足なのである」と。酒癖は悪くない。

 

20歳のころ妻を娶るが、戦乱と連年の自然災害にあって暮らし向きは暗澹たる状態であったようです。人手不足でもあったのでしょう、畑仕事では生活を維持できなくなり、縁故を頼って江州(ゴウシュウ)祭酒(学校行政を司る長官)として初めて出仕する(393、29歳)。

 

しかし下史の職務に辛抱できず、何日も経ぬうちに辞職を申し出て家に帰った。一説に、五斗米道徒の江州刺史・王凝之に仕えるのをいさぎよしとしなかったためともいう。江州から主簿(記録や文書を司る官)として就任するよう招かれたが、応じなかった。なお、掲詩『帰園田居』を書いたのは、12年先の話である。

 

《五柳先生伝 幷賛》は、「屋敷内はせまっ苦しくひっそり。その上冬の寒風、夏のカンカン照りも満足に防げない。つぎはぎのボロをまとい、飲食に不自由すること度々だが、平然たるものだ。兼ねがね詩文を作ってひとり楽しみ、いささか自分の本懐を示した。世間的な損得など露ほども気にかけず、かくてひとりで死んでいくのだ」と結んでいる。

 

《五柳先生伝 幷賛》は、淵明が自らを譬えた実録であろうとされ、江州祭酒となる以前、恐らく28歳ころの作であろうと考えられている。あるいは酒食にも不自由を覚えるほどの貧困の状態が述べられ、文筆が老熟している点から、晩年の作であろうともされている。

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