[四帖 夕顔-2 要旨] ()
惟光は、源氏が五条の女の所へ通えるよう手はずを整えた。源氏は、女が誰であるかも知らぬまま、狩衣などで変装して、人に知られぬよう夜のうちに行き又帰った。源氏は、これほど心を惹かれた経験がないと思うようになった。
八月十五夜の晩、源氏は、いつも暗い間に別れる苦しさを避け、気楽に明日までも話せるようにと」と言い、所を替えるよう言いだした。翌早朝、老人の阿弥陀如来に呼びかけ、祈りの声が聴かれた。源氏は、私たちも、弥勒菩薩出現の世までも変わらぬ愛の誓いをしましょうと言って、次の歌を詠み、夕顔も返歌を詠う。
優婆塞(ウバソク)が 行ふ道を しるべにて
来む世も深き 契りたがふな (光源氏)
夕顔が躊躇するのを押して、人目を引かぬ間にと、急いで五条に近い廃院に行った。その夜半、夢枕に現れた怪しい女の物の怪に呪われて夕顔は亡くなる。途方に暮れた源氏は、惟光を呼び、惟光の差配で、遺骸は丁重に火葬に付された。
源氏は二条の院に帰り、夕顔の女房・右近を引き取り、部屋を与えて面倒を見ることにした。右近の折々の話によれば、夕顔は、先に“雨夜の女の品定め”で、頭中将が涙ながらに語った話題の人であった。
本帖の歌と漢詩
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優婆塞(ウバソク)が 行ふ道を しるべにて
来む世も深き 契りたがふな (光源氏)
[註] 〇優婆塞:男性の在家仏教信者。
(大意) 優婆塞がお勤めしている御仏の道に導かれて、来世でも私たち二人の深い契りを違えないようにしましょう。
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<漢詩>
到来世時 来世の時までも [上平声四支韻]
随道導師踐, 導師が踐(フ)む仏の道に随(シタガ)い,
来生弥勒時。 来生の弥勒の時までも。
愛契両宣誓, 両(フタリ)が宣誓(チカ)いし愛の契り,
応期心不移。 応(マサ)に心が移(ウツラ)ぬことを期せん。
[註] ○道:教え; 〇踐:ふむ、実践する; 〇弥勒:弥勒菩薩(ミロクボサツ)。
<現代語訳>
何時いつまでも
導師・優婆塞の教えに導かれて、弥勒菩薩の現れるという来世までも。二人で誓った深い愛の契りを、心が変わり、違おう事のないようにしましょう。
<簡体字およびピンイン>
到来世时 Dào láishì shí
随道导师践, Suí dào dǎoshī jiàn,
来生弥勒时。 lái shēng mílè shí.
爱契两宣誓, Ài qì liǎng xuānshì,
应期心不移。 yīng qī xīn bù yí.
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夕顔の返歌:
前の世の 契り知らるる 身のうさに 行く末かけて 頼みがたさよ
(大意) 私の前世の因縁はこんなものと知られるような辛い人生ですから、今に来世のことを頼みにするのは難儀なことです。
【井中蛙の雑録】
〇夕顔が、物の怪に取り付かれて亡くなるという事変を予期させるように、その情景設定に“優婆塞が……”の歌を挟む、作者・紫式部の物語構成および作歌にただならぬ力を感じます。
〇“五条に近い某院”とは、ほぼ100年前の百人一首(14番)歌人・河原左大臣こと源融(822~895)が営んだ豪邸・河原院(『こころの詩(ウタ) 漢詩で詠む百人一首』&閑話休題167参照)をモデルにした邸では?とされている。
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