いつもの図書館の新着本リストの中で目につきました。
完全にタイトルに惹かれて手に取った本です。
私は「文系」でしたが、高校時代は結構数学が好きで、当時「大学への数学」という月刊誌を読んでは、その着想の奇抜さや解法のスマートさに感動していたものでした。
本書でもそのころの感覚に近いものが味わえるのではとの期待をもって読んでみました。
が、本書は、そういった“鮮やかな解法” の紹介というより、真正面から「数学Ⅰ・A」の基本を解説するというのが柱だったようです。
その点で、改めて、私が理解し直した基本的な事柄をいくつか書き留めておきます。
まずは、「集合と命題」の章から「命題を証明する方法としての『対偶』と『背理法』の基本」について整理したところ。
(p65より引用) 「pならばq」であることを示したい場合、対偶を用いた証明は、「qでなければpでない」 を示します。
一方、背理法では「pである」ことと、「qではない」ということの両方を仮定して、矛盾を導きます。
こういう論理的な思考法はしっかり押さえ直したいものです。
ちなみに、この章にはこんなコメントが続いて記されていました。
(p58より引用) 「AならばB」 だから 「BするためにはAが必要です」と説得してくる人は多いものです。しかし、それが本当なのかどうかは、こうやって論理を追って検証しなければなりません。
これは、まさに今、大切にすべき指摘です。
現下の新型コロナ禍において「新型コロナに感染しない(B)ためには、〇〇(A)が必要です」といったアナウンスが喧しいのですが、その当否を冷静に判断するために大いに役立つものですね。
“感染しない(B)ためには〇〇(A)以外の方法もある”ので、“必ずしも「〇〇(A)が必要」とは言えない”わけです。これは、〇〇(A)の効果を否定しているわけではありません。〇〇(A)以外の方法もあり得ることを冷静に理解して判断すべきと説いているのです。
「新型コロナ禍」を話題にあげたので、もうひとつ参考になりそうな例題。「条件付き確率」の問題です。
(p208より引用) 99%確かな検査で、1万人に1人の不治の病であると診断されたとき、真に陽性である確率を求めよ。
全被験者が100万人の場合での解説はこうです。
不治の病の人は100人、不治の病でない人は99万9,900人。それぞれ、検査を受けて正しく陽性と判定される確率は99%ですから、
(p210より引用) つまり、この検査で陽性になる人は、本当の病になっている99人と偽陽性の9999人を合わせて、1万98人です。1万98人の中で本当に陽性の人はわずか99人、その確率は0.98% ぐらいしかありません。
直感的な感覚とは大きく異なりますね。さらに、解説は続きます。
(p210より引用) なお、先ほどの例では、1万人に1人の不治の病としましたが、これを「100人に1人」に変えると結果は大きく変わってきます。この場合、陽性と診断されて、なおかつ本当に病である確率は50% に跳ね上がることになります。
このあたり、大きな誤解をしないために、「確率」の基礎をしっかり理解しておくことがとても重要になります。
しばしば、メディアの報道やSNS上で流布する情報は“煽情的”に走る傾向がありますから、その確信犯的欺瞞や発信者の無知を見抜く力を「情報の受け手」である私たちが持っておかねばならないのです。
特に「変化率」や「〇倍」と表現されている場合は要注意です。その場合は「実際の数(量)」をイメージしてみましょう。同じ10倍でも、5%が10倍なら50%ですが、0.1%のものが10倍になっても1%に過ぎません。
さて、本書を読み通しての感想ですが、私にとっては、ちょうど期待していた程度(難易度)の内容で興味深く読めました。
「数学I・A」の範囲をざっくりとカバーしており、その個々の単元ごとに“基本中の基本”の公理から“応用編への入口”のような例題までバランスよく取り上げて、数学的考え方や解法(論理プロセス)をわりやすく紹介してくれています。ところどころに差し込まれた数学史に関わるエピソードも興味深いもので効果的だったと思います。
こういったテイストの「数学Ⅱ・B」版があれば嬉しいのですが。