(明治大正史(世相篇)(柳田 國男))
本書の「生産と商業」という章に、現在でいえば「マーケティング」に相当する当時(明治大正期)の風潮の記述があります。
(下p109より引用) 輸入には本来註文を取るという仕来たりがなかった。見本を送ってまず相手方の希望を問うということすら、遠い貿易ではそう容易には行われなかったのである。そこで当然に重きを置かれたのは、第一には輸入国民の嗜好を察知する技術、その次には刺戟に富みたる趣向によって、新たに相手方の嗜好を作り出す方法であった。
前者は「ニーズの感知」ですし、後者は「プロモーションによるニーズの喚起」に相当します。
この「ニーズ」に関しては、さらに以下のような記述があります。
ニーズのトレンドをつかまえて、競争業者(外国製品)に先んじたアクション(製品供給)をとるべきとの趣旨です。
(下p110より引用) 趣味は流行が今のように急激でなくとも、以前から次々に移って行くべきものであった。国内製造の一つの大きな力は、この趨勢を早くから見て取ることであって、これが外国品に売り勝つただ一つの武器でもあったが、その代わりにはいつでも尖端に立って見廻していなければならぬ。人のし遂げた事業をいち早く倣うという以上に、むしろ多くの者の共に向かう生産に、ただ一足だけでも先へ出る必要があった。
しかし、実際社会は、そのようには進みませんでした。
ニーズに即した製品開発ではなく、「ただ今までと同じことを」という従来からの行動を繰り返したのでした。
(下p110より引用) 何が国民に入用かというほうから、製造を企てるということは流行しなかった。それよりも踏み明けられた一つの途を、速やかに進むのを安全と考えていた。
そうは言っても、新たな取り組みへのチャレンジはなされていたようです。
ただ、その多くは、残念ながら従来の枠を超えるようなイノベーションには育ちませんでした。
(下p110より引用) 発明の労苦は尊重せられているが、それもたいていはこの既定圏内の、少しの模様替えに働くものばかり多かった。
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