読書案内「闇の歯車」藤沢周平著
講談社文庫版 1996年8月刊 第31刷
「鬼平犯科帳」や「雲切仁左衛門」などの盗賊が活躍する小説やドラマでは、犯行の時は深夜、
人びとがぐっすりと眠る時間帯と相場が決まっている。
だが、「闇の歯車」の押し込み強盗の刻(とき)は違っていた。
「逢魔が刻」が、決行の時間だ。
頭領(とうりょう)に従うのはそれぞれに事情を抱えたあぶれ者4人。
年齢も職業もバラバラだ。
つまり、頭領によって声を掛けられた寄せ集めの素人集団だ。
|
佐之助 …… 博打で身を崩し、闇の裏稼業に手を染め、正業に就かずその日暮らしをしている。
佐助の女房・きえは「今に怖ろしいことになるのではないか」と佐助との将来に不安を覚え姿を
消してしまう。今はひょんなことから源助の女房・おくみと暮らすようになる。
酒亭「おかめ」は、一日の終わりの安らぎのひと時である。
先の見えない暮らしに佐助は押し込みの一味に加わることになるが、
その矢先今度はおくみが姿を消してしまう。
伊黒清十郎……浪人。3年前、人の妻である静江と三春藩城下を出奔する。
そのときすでに静江は労咳(ろうがい)にかかり、症状は日々重くなっていく。
追っ手を逃れ、穴に隠れひそむようにして暮らしている。
静江の薬代に追われ、人目を忍ぶ逃亡生活に疲れた伊黒のひと時の安らぎは
酒亭「おかめ」で一杯飲むことだった。
弥十 …… 建具職人だったが、今は年を取り娘夫婦の世話になっている厄介者だ。
若いころ博打の上の喧嘩で人を刺し、三十年も江戸払いになっていたが、
五年前に帰ってきた。
家に弥十の居場所はなく、酒亭「おかめ」にひと時の安堵を求めて飲みに来る。
仙太郎 …… 大店の若旦那。情婦・おきぬは、
「あたしは別れないよ。別れるなんて言ったら、あんたを殺してやるから」……。
危険な女の一面を見せられ、許嫁のいる仙太郎は、おきぬに別れ話を言えずに、
二人の女の間で苦しんでいる。賭場にも借金があり、
酒亭「おかめ」が唯一気の休まる場所だった。
伊兵衛 …… 十三年前、喧嘩で人を殺し島送りになるが、五年前に江戸に帰ってくる。
商家の旦那ふうだが、実は闇家業の押し込みの頭領。
酒亭「おかめ」の常連たち四人を言葉巧みに誘い、押し込みを計画する。
五人が五人とも、人に語れないような過去を持つ男たちがそろった。
頭領の伊兵衛以外は押し込みについては素人だ。
もう一つの共通点は、彼がすでに過去の人生において、「逢魔が刻」を経験しているということだ。
それが人殺しだったり、駆け落ちだったり、博打狂いだったりするが、
いずれにしろ彼らが、これまで底辺の人生を生きてきたことに間違いはない。
「逢魔が刻」の時が訪れ、五人の男たちは押し込みを決行した。
見事、700両を奪うことに成功したのだが、 たった一つの思いがけない偶然が重なり、
この押し込みはほころび始め、意外な結末を迎える。
長寿社会を迎え、100年人生も珍しくなくなった現代。
長い人生行路の中には、一つや二つ辛いことや、行くべき道を誤ってしまう時がある。
「予期せぬ出来事」だったり、「取り返しのつかないこと」に巻き込まれることがある。
「朝、元気に出勤した人が、物言わぬ遺体となって帰ってきた」、という話を聞く。
魔がさした。などと言われるが、「逢魔が刻」に立たされたなどとも言う。
さて、押し込みに成功した五人の男たちの人生は、どのように変わったのだろうか。
二度の「逢魔が刻」に遭遇した男たちに三度目の「逢魔が刻」が訪れる。
再び「闇の歯車」が軋みを立てて回り始め、男たちの運命が狂い始める。
藤沢周平が描く、時代小説ミステリーだが、
謎解きが主体ではなく、
男たちの生きざまを「逢魔が刻」という視点でとらえた秀作です。
(2019.12.20記) (つれづれに…心もよう№98)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます