スピノザの『エチカ』と趣味のブログ

スピノザの『エチカ』について僕が考えていることと,趣味である将棋・競馬・競輪などについて綴るブログです。

フロム&非実在的なものの定義

2020-05-29 19:08:08 | 哲学
 今回のバディウAlain Badiouを巡る考察の中で,フロムErich Seligmann Frommは自身の社会心理学を裏付けるために,スピノザとアリストテレスAristotelēsを多く援用しているという説明をしました。いかに哲学で自身の論理を裏付けようとしているとはいえ,フロムは社会心理学者であり,哲学者ではありません。ただ,ずっと以前にいったように,僕にスピノザに対する関心を惹起してくれたのがフロムですので,ここで詳しい人物像を紹介することも徒労ではないでしょう。
                                       
 フロムは1900年にフランクフルトで産まれました。一家は正統派のユダヤ教徒です。13歳の時からタルムードの研究を始めましたが,26歳で信仰は捨てました。それ以前に社会学と心理学を大学で専攻し,この頃からは精神分析学も研究するようになりました。31歳でフランクフルト大学の精神分析所で講師となったのですが,その後にナチスが台頭。信仰は捨てていたとはいえユダヤ人でしたから,一旦はジュネーブに移住。そして1934年にアメリカに移住し,コロンビア大学で職を得ました。フロムは多くの著作を出版し,ほとんど邦訳もされていますが,それらはすべてアメリカに移ってからのものです。1949年にはメキシコに移り,メキシコ国立自治大学やメキシコ心理分析研究所で教えていますが,その間も並行してアメリカでも教授を務めています。1974年にすべての教授職を辞し,スイスに戻りました。1980年にスイスの自宅で死んでいます。
 社会心理学者ではありますが,その理論を哲学的に裏付けることに熱心であったことからも分かるように,きわめて倫理的なあるいは道徳的なことも発言しています。そうした事柄が多くの著作に含まれているので,フロムの著作はいわゆる学術書というのとはかなり趣を異にしています。そして同時にそのような要素が含まれているがゆえに,学術的な知識が乏しいとしても,理解するのはさほど困難ではないような内容を有しています。多くの著作が邦訳されたのは,人気がある学者だったからではありますが,そのような読みやすい内容が,読者によって支持されたからでもあるでしょう。

 なぜ僕が,スピノザは公理論の内部に非実在的なものが含まれることを一般的には否定しないであろうと考えるのかといえば,スピノザは定義Definitioの条件として,定義されるものをその定義されるものに則して正しく示されなければならないということだけを掲げているわけではないからです。もちろんスピノザは,そのような定義が定義の要件を満たすということは認めます。しかし一般に定義のすべてがそうしたものでなければならないとはいいません。これはシモン・ド・フリースSimon Josten de Vriesに宛てた書簡九から明らかです。そこではスピノザは,定義には二種類あるのであって,ひとつはその本性essentiaが不確かなものを説明するために役立つ定義で,もうひとつはそれ自身が吟味されるために立てられる定義であるとしています。このうち前者は,定義されたものを正しく説明する定義に該当するのに対し,後者はそれには該当しません。むしろ定義されたもの自体を吟味する,つまり公理論の中での論証Demonstratioに役立てる定義なのですから,そうしたものの本性は,もしそれが論証の中で明らかにされるのであっても構わないことになります。ただし一方で,それは吟味されるために役立たなければならないので,その定義が与えられた場合には,それを吟味する人が,吟味する人がというのはその人の知性intellectusがというのと同じですが,それを正しく概念するconcipereことができるのでなければなりません。いい換えれば後者でスピノザが掲げている要件は,知性がそれを十全に概念することができる定義であるということになります。
 したがって,もしも空を定義するときに,その定義が空について知性が十全に概念することに資するものであるとすれば,その定義はスピノザが示している定義の条件を満たしていることになります。というよりも空というのは一例にすぎないのであって,非実在的などんなものであったとしても,それを知性が概念するのに資する定義が与えられさえすれば,スピノザはその定義は定義として正しい,いい換えればそれはよい定義であることを認めるのです。よって少なくともスピノザは,非実在的なものの定義を公理論のうちに組み込むことを,一般的には否定できない筈なのです。
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