2012年3月8日 東京都
旧加賀屋敷御守殿門 (赤門)(東大) 重要文化財
東京都文京区本郷7丁目
1827年(文政10)加賀藩13代藩主前田斉泰は、11代将軍徳川家斉の娘溶姫(やすひめ)を正室に迎えるに当たり、三位以上の大名が将軍家から妻を迎える際の慣例にしたがい、朱塗りの門を創建した。
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2012年3月8日 東京都
旧加賀屋敷御守殿門 (赤門)(東大) 重要文化財
東京都文京区本郷7丁目
1827年(文政10)加賀藩13代藩主前田斉泰は、11代将軍徳川家斉の娘溶姫(やすひめ)を正室に迎えるに当たり、三位以上の大名が将軍家から妻を迎える際の慣例にしたがい、朱塗りの門を創建した。
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2014年2月26日 東京都
旧因州池田屋敷表門(黒門) 重要文化財
国立博物館内
もと因州(現在の鳥取県)池田藩江戸屋敷の表門だったもので、大名小路(現在の丸の内3丁目)にあったが、のちに芝高輪台の東宮御所の表門となり、昭和29年(1954年)に現在の場所に移築された。創建の年代は明らかではないが、江戸末期の建築と推定されている。 屋根は入母屋造り、左右に唐破風造りの番所を備え、大名屋敷の格式のある表門として堂々とした姿を見せている。東京大学にある赤門に対してこちらは黒門とも呼ばれる。
▼黒田家の江戸屋敷鬼瓦 (この門の近くに飾られた鬼瓦)
徳川幕府の参勤交代の制度により、江戸には諸大名の屋敷が設けられた。この鬼瓦は、筑前福岡藩主黒田家の屋敷(現在の千代田区霞が関、外務省の地)の建物の棟飾りとして用いられたものである。鬼瓦といっても鬼面になっていない。複雑な雲文の鰭までを一体に造った大振りなものとなっており、屋根を重厚にする江戸趣味をよくあらわしている。
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