街道ウォーク<旧東海道<水口宿~草津宿
2011年8月17日 15回目
北脇縄手と松並木
東海道が一直線にのびるこの辺りは、江戸時代「北脇縄手」と呼ばれた。縄手(畷)とは田の中の道のことで、東海道の整備に伴い、曲がりくねっていた旧伊勢大路を廃し、見通しのよい道路にしたことにちなむと考えられる。江戸時代、道路の両側は土手になり松並木があった。街道は近隣の村々に掃除場所が割り当てられ、美しさが保たれていた。旅人は松の木陰で涼をとり、旅の疲れを休めたといわれている。
cosmophantom
街道ウォーク<旧東海道<水口宿~草津宿
2011年8月17日 15回目
北脇縄手と松並木
東海道が一直線にのびるこの辺りは、江戸時代「北脇縄手」と呼ばれた。縄手(畷)とは田の中の道のことで、東海道の整備に伴い、曲がりくねっていた旧伊勢大路を廃し、見通しのよい道路にしたことにちなむと考えられる。江戸時代、道路の両側は土手になり松並木があった。街道は近隣の村々に掃除場所が割り当てられ、美しさが保たれていた。旅人は松の木陰で涼をとり、旅の疲れを休めたといわれている。
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