街道ウォーク<旧東海道<府中宿(静岡駅)~金谷宿(金谷駅)
2011年6月5日 7回目
志太一里塚跡
静岡県藤枝市志太四丁目
奈良時代、官道の四里毎に駅を置く制度があり、中央からの里程を知るようになっていた。主要街道の一里毎に里程標を置くようになったのは、織田信長の時代に始まるという。徳川家康は子秀忠に日本橋を起点に東海道に一里塚を築かせた。 志太一里塚は江戸から約二〇〇kmで五○里目に当り、瀬戸川堤から西へ約五〇M・岡野歯科医院の裏と、熊切商店の前の街道の両側にあった。藤枝市内では志太の他、鬼島と上青島に一里塚があり、上青島には近年まで塚蹟が残っていた。 平成十年五月 青島史蹟保存会
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