旅にしあれば

人生の長い旅、お気に入りの歌でも口ずさみながら、
気ままに歩くとしましょうか…

方舟

2023-05-07 19:17:00 | 図書館はどこですか




今回図書館でお借りしたのは「方舟(はこぶね)/夕木春央(ゆうき はるお)著」です。
朝日新聞夕刊記事で紹介されていたのが、たしか昨年12月頃のことで、それからすぐに
予約を入れたものの、話題の新作、順番が回ってくるまでに半年近くかかりました。

実は同時期にもう一冊別に予約した本がありまして、こちらの順番がようやく「次」まで
回ってきたのが春の旅に出る寸前でした。直前に借りた方の返却のタイミングにも
よりますが、それを待って借りるとなると、自分が読む時間を含め、少なくとも旅立ちが
一週間から十日は遅くなったでしょう。泣く泣く権利を放棄し、改めて予約を入れ直し、
順番が最後尾に逆戻り、どうやらまた、さらに半年待たなければならないようです。

それに引き換えこの方舟は、GWに入る前、絶妙のタイミングで借りることができました。
少し前なら旅先だったかもしれないし、もう少し後で、帰宅していたとしても、旅の片づけ
などと同時並行して読書する時間を設けるのはかなりきつかったでしょうから、それらが
ほぼすべて終了した今が、絶好の機会だったのです。


さて、そうして長い時を経てやっとこさ借りることができたこの長編推理小説を、
たった二日間で読み終えたのは、待たされた時間を考えるとちょっと拍子抜けかも
しれません。早々の完読が「もったいなかった」とも言えるでしょうか。面白くて
ページをめくる手が止まらなかったとの、記載内容、物語展開が比較的平易で、難解な文章、
語彙はあまり使われず、専門用語が飛び交うような場面がほとんどないことで、スムーズに
読み進められたのがその要因かもしれません。事件に巻き込まれる人々の職業もまずは
平凡で、特殊な専門分野に特化したエキスパートが知識をひけらかすこともないですしね。

これは近年の推理小説全般に概ね共通することですけど、方舟も、クローズドサークルを
生み出す初っ端の手段は少々強引ではあります。携帯電話が通じず、監視カメラがなく、
DNA鑑定などの科学捜査の手が入らない環境を無理やりにでも創り出さないことには、
多くのトリックは最新の捜査手法を用いるとすぐに見破られますからねえ。そうして
タイムスリップしたかのように誂えられた舞台上で、大正~戦前、戦後直後あたりに
活躍した多くの名探偵たちと、初めて対等な勝負が出来るんですよね。


閉じこめられた地下建築物から脱出するための手段を行使するには、一名を置き去りにして
犠牲にしなければならず、しかも地下水が上昇し水没が始まり、リミットは約一週間、
そうした緊迫した状況下で行われる殺人は、犯人には自分で自分の首を絞めるような行為に
等しく、その動機すらわからないまま時間だけが空しく経過します。閉鎖環境の中で
行われる殺人は比較的シンプルで、凝った手口でない分、物的証拠や解決へ糸口などはあまり
残っていないのです。続けて起こる第二の殺人は首なし死体。なるほど、今時はそうした
理由で首を切断する理由があるのかと、探偵役の推理、分析に納得し、舌を巻きましたよ。

限られた時間、その中で連続殺人が行われる切迫した状況の割には物語は淡々と進むので、
そこに何かしら違和感を抱きつつも先が気になり読み進めるペースは上がり、残りページ
枚数はどんどん減っていきました。犯人の特定や犯行の動機を解明するための手掛かりは
少なく、残り枚数が四分の一ほどのところで、一度冒頭のプロローグを再読してみました。
プロローグには犯人などを示唆するような記述があったのをあとになって思い当たること
があり、もしかしたらこの作品でもそうなのかもと、藁にも縋る思いで読み返してみたの
ですが、残念ながらそれだけで犯人を断定することはできませんでした。

しかし、なるほど、途中違和感を感じたのはこのためだったのか、最終盤物語は急展開し、
怒涛のラストに流れ込みます。鈍器で強く頭を叩きつけられたような(実際その経験は
ありませんが)激しい衝動に、読み終えてなおしばらく、本を持つ手を離せませんでした。
SFサスペンスホラー映画「遊星からの物体X」を見終わったあとや手塚治虫さんの
黒系作品の秀作「奇子(あやこ)」を読んだあとの突き放されるような痺れる感覚、
銅鑼の重い響きが鳴りやまない余韻といいますかね。


この先、この作品の結末を知らずに読み始めるあなたがうらやましく思いますよ。
半年ほど先になるかもしれません、さっそく図書館に予約を入れ、ぜひお読みください。


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