旅人に親しまれてきた北海道上川町の層雲峡ユースホステルが3月31日に閉館、長い歴史に
幕を下ろしたそうだ。長年お世話になった者のひとりとして、礼を述べて労をねぎらいたい。
上川町内には、一時は二軒ユースがあり、さらにとほ宿(ユース形式の民宿)まであって、
多くの旅人や登山者を受け入れてきたが、このことでそうしたスタイルの宿がまったくなくなって
しまうことになり、これは旅行者には大きな痛手だ。町には、写真館を整備するくらいなら、
唯一残っていながら老朽化しているユースの建物に手を加え、ぜひ存続させて欲しいとの声が
まったく届かなかったのがとても残念だ。
お隣の上士幌町にあるぬかびらユースもとてもいいお宿なのだが、元々キャパが小さいので
受け入れ人数が多くなく、しかも各登山口までたどり着くのにそれなりの所要時間と原則自身の
交通手段が必要となるので、登山目的なら、条件は圧倒的に層雲峡ユースのほうが上であった。
山のすぐ麓に立地していたので、リアルタイムに天候などの状況を把握できたし、日程に
余裕があれば登山予定を回避するなど、臨機応変に対応することも比較的容易にできた。
紅葉の進み具合や善し悪しを含む多くの登山情報を得られることも魅力であった。同じ目的を
持った旅人や登山者が多数集まっていたので、最新の口コミ情報を得やすかったのだ。
近年はさほどでもなかったのだが、私が訪れ始めた当時は、秋のミーティングは「名物」で、
最初から登山目的、紅葉目的でやってきたわけではない旅人を否が応でも?ツアー参加させて
しまうパワーが強烈だった。
滝とか渓谷はいつでも見える、紅葉は今しかない、しかも日本一早くて美しい、
365分の7しかないチャンス(見頃)のタイミングでやってきたあなたは超ラッキー、次の目的地を
パスしてでも明日は大雪山に登れ、連泊する気ならその枠は宿泊予約をとらずに空けてある、
ツアー参加希望者は(朝出発が早いから)今から朝食とお弁当を差し替えます…
要約すればこんな内容だったかしら。大雪山の地図が書かれたホワイトボードを叩きながら
口角泡を飛ばして熱弁をふるう当時のペアレントK氏の熱気にあてられて、半分だまされてると
思いながらも嫌々渋々登山ツアーに参加した初心者が、紅葉の美しさや大雪山の雄大さに感激し
当初の予定をすっとばして連泊したりして宿泊者やツアー参加者が雪だるま式に増える一方で
宿は人であふれかえり、その盛り上がりはすさまじかった。美しい景色や紅葉を堪能し、
同じ思い出を共有して夜熱く語り合うものだから、ついつい進むお酒の味も格別だった。
皆いい顔をしていたよ。
当時は学生も多く、平均年齢も低かったから余計だ。のちに学生があまりこの手の旅をしなくなり、
この時期にもほとんど姿を見せなくなってしまったが、代わって台頭したのが熟年層と外国人。
登山ブームと相まって、グループや団体でも利用するようになり、近年は以前とはまた異質の
雰囲気で再びこの時期熱気を帯びていた。付近のホテルなどと比べると宿泊料は安く、
お弁当を用意してくれるなど登山者のための配慮もこまやかだったので利用しやすかったのだろう。
方々で出会い、いまだに年賀状の交換などで近況を知らせあう知人は多い私だが、今でも一番
現役感のある付き合いが多いのがこのユースで出会った人たちだ。この場で知り合って
結婚されたカップルが何組もいることも知っている。秋になって鮭が生まれ育った川を忘れず
遡上するように、我々の多くは事情の許す限り9月になるとここに集い、飽きもせずに酒の肴に
毎度同じような話題で盛り上がり遅くまで話し込んで、翌早朝には何事もなかったかのように
山の頂を目指し汗を流して黙々と歩くのであった。この営みが突然途切れてしまった私たちは、
今年の秋はどこの川を目指せばいいのだろう。
近年私は、山上で宿泊する機会が増え、また、経費節約を兼ねて車中泊も多くなり、あるいは
峠を越えてぬかびらユースに泊まることもあるので、層雲峡ユースでの宿泊数は激減していた。
それでも、この時期には知人のうち何人かは必ずここに泊まっていることは明白であったし、
顔さえ出せばいつでも温かく迎えてくれるであろうことはわかりきっていて、帰る場所がある
安心感が心強かった。つまり甘えていたんだな。ユースのない、ユースに集う仲間がいない
層雲峡ライフは、とても味気ないものになりそうなのがつらい。いつかこの日が来ることは
わかりきっていたはずなのに…
建物自体は老朽化していても、よく手入れされていたので気持ちよく利用することができた。
最後のペアレントとなったO夫妻もとてもきさくでお優しい方々で、古参者面して少々図に乗る私を、
嫌な顔せず適度にあしらって下さり、また時には特別な配慮をしていただくこともあり、たいそう
ご厄介になった。このおふたりをはじめとして、歴代のスタッフの方々にはこの場をお借りして
感謝したい。
私が初めて層雲峡ユースを訪れたのは、最初に北海道旅行をした冬で、『とらべるまん』を
購入する目的だけで坂道をエッチラ登ってフロントを訪ねた。「売り切れて、ない」とあっさりと
断られた私はトボトボと坂道を下り、次の宿泊予定『富良野ホワイトユース』へと向かった。
最後となったのが昨秋で、旅行の最終日に挨拶だけでもしておこうとペアレント夫妻を訪ねた。
さすがに長逗留の常連たちもほとんどが帰路につき、唯一お会いできたのが湘南のNさんと
八ッ場ダムGさんのふたりだけだった。Oさんに地元でアルバイトしている旨伝えたら、ここで
ヘルパーしたらいいのにと誘われたから、この時点では閉館する話はまったく出ていなかった
のかもしれない。洗面所を借りて身支度し、食堂の隅で持参したパンで朝食を済ませた。
最近はお言葉に甘え、こうした使い方をさせていただくことが多くなっていた。宿泊はせずに、
夜の飲み会にだけ参加させてもらったりとか…
つまり、最初も最後も宿泊しなかったっていうわけだ。これも何かのいたずら、めぐり合わせ
なのだろうか。あまり入れ込まず、熱くなりすぎずに、あっけなく別れを告げることになったのが
むしろ良かったのかもしれない。また来年よろしくお願いしますねと、いつものように淡々と。
でもこれがほんとのサヨナラになろうとは、無論この時夢にも思わなかった。
♪ あの子の愛した三毛猫は
角の煙草屋 まがったところ
車輪の下で サヨナラしたよ
夕空みつめる あの子の前には
幾万もの想いが 風に吹かれて
これが ほんとのサヨナラさ
これが ほんとのサヨナラさ
これが ほんとのサヨナラさ……
思いがけない 出来事に
止まることない あの子の涙
できることなら 止まっておくれ
かすんで見えない あの子の前には
幾万もの想いが 風に吹かれて
これが ほんとのサヨナラさ
これが ほんとのサヨナラさ
これが ほんとのサヨナラさ……
二度と帰らぬ 遠い空
三毛猫 三毛猫 笑っているか
淋しくないか 寒くはないか
泣き泣き あの子が帰ったあとには
残された思い出が ぽつりつぶやく
これが ほんとのサヨナラさ
これが ほんとのサヨナラさ
これが ほんとのサヨナラさ……
(あの子の愛した三毛猫/詩:朝久善智 曲・歌:谷山浩子)
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