2023年7月の大雨により、秋田市内では多くの民家や企業が被災した。
その1つが、宮城屋蒲鉾店。
本社・工場は秋田市楢山大元町。秋田南中学校裏の、太平川・奥羽本線・羽越本線に囲まれた場所で、浸水被害が大きく、工場の復旧を断念、蒲鉾製造販売から撤退したと聞いていた。
宮城屋は、秋田県唯一のかまぼこメーカーだそうで、「巴巻」など個性的な商品があった。おせち料理に欠かせない家庭も多いことだろう。昭和2年創業で、宮城県石巻市から秋田へ来て創業したことにちなむ社名。
今年から秋田市民/秋田県民は、宮城屋のかまぼこなしで正月を迎えることになっていた。
宮城屋蒲鉾店には「大町店」がある。
通町商店街の東端・通町橋たもと、秋田市大町一丁目1番1号。※「通町店」だと思っていたが、所在地に忠実だった。
工場で作ったかまぼこの販売と、そばなどを出す飲食スペース(看板では「そば居酒屋」)があった。なお、明田地下道の通りの東側(広面字小沼古川端)に「広面店」もあったが、2017年7月~2018年7月の間にやめている。
したがって、大雨被災後の宮城屋蒲鉾店は、大町店での飲食事業だけをしていたはず。
7月17日、大町店の前を通ると、数人の作業員が店内の物を運び出し、フレコンバッグを廃棄物入れのようにしてまとめていた。当然営業していない。ガラスに張り紙があるのだが、小さくて見えない。
良くない予感がした。
18日に改めて。
作業はしていないが、フレコンバッグが置かれる
張り紙を拝見。
「大町店で蒲鉾製造販売を再開するため、店舗改装に入らせて頂きます」「しばらくの間、お休みさせて頂きます。」「再開の際は何卒よろしくお願い致します。」
なんと、大町に工場を移し、蒲鉾製造を再開するのだった!! 予感が良いほうに裏切られた。
具体的な再開予定や、再開後どういう店舗形態になるか(今まで販売店+飲食だったところに工場を加えると、狭いのでは)分からないが、良かった。
秋田のかまぼこの灯は消えず、次の正月は宮城屋のかまぼこを食べられるかも。ご健闘をお祈りします。【その後は末尾追記参照】
通町橋から。左が宮城屋の側面
ところで、大町店はいつできたか。
この通りが拡張されて再整備された、1990年代後半だろうなと思っていた。ちなみに、今の通町橋は1998年竣工。
大町店は、先日の記事でも取り上げた、秋田市の「市民が選ぶ都市景観賞の受賞」を受賞していた。平成3(1991)年度の第8回。同回ではアトリオンも受賞。アトリオンは1989年オープンなので、新築即受賞ではなく、宮城屋もその可能性はある【末尾追記参照】。
したがって、思っていたよりは古い。その時点で拡幅は決定していたので、それに合わせた位置に建てられたと思われる。当時も通っていたのに、何も記憶にない。
【10月6日追記・2024年10月6日付 秋田魁新報 社会面より】
・「パッケージなどの装いも新たに今月(注・2024年10月)下旬以降に商品を販売する予定」
・4代目店主は47歳
・「1988年に旭川沿いの現在地に移転し、食事処を設けた。」
・製造終了を決めた後、「製造再開を求める声が数多く届」き、「事業継続の方針に転換。」
・「多額の復旧費が事業再開のネックとなっていたため」「店舗内に作業場を設けることで経費の圧縮を図った。」
・旧工場より狭くなるため不都合が生じないよう「同じくらいの広さで営業している宮城県気仙沼市のかまぼこ製造「かねせん」を視察。」
・改修後は「来店客にもかまぼこ製造を見てもらう造り」「食事処は10月2日再開」
・「生産量は従来より減るため、商品ラインナップは「巴巻」「赤山」「白山」「寅巻」「伊達巻」の5種類でいずれもワンサイズとする予定」
【10月30日追記・現地の「お知らせ」掲示より】蒲鉾は「11月上旬販売予定」、食堂は「年内休業」とのこと。
【11月13日追記・秋田放送、秋田テレビの報道より】11月13日から、かまぼこの販売再開。
しゃれたデザインの紙箱に入って販売。機械が変わったためか、かまぼこの形状も若干変わって、従来は「底」があった巴巻や寅巻は、円柱というか筒状になった。
その1つが、宮城屋蒲鉾店。
本社・工場は秋田市楢山大元町。秋田南中学校裏の、太平川・奥羽本線・羽越本線に囲まれた場所で、浸水被害が大きく、工場の復旧を断念、蒲鉾製造販売から撤退したと聞いていた。
宮城屋は、秋田県唯一のかまぼこメーカーだそうで、「巴巻」など個性的な商品があった。おせち料理に欠かせない家庭も多いことだろう。昭和2年創業で、宮城県石巻市から秋田へ来て創業したことにちなむ社名。
今年から秋田市民/秋田県民は、宮城屋のかまぼこなしで正月を迎えることになっていた。
宮城屋蒲鉾店には「大町店」がある。
通町商店街の東端・通町橋たもと、秋田市大町一丁目1番1号。※「通町店」だと思っていたが、所在地に忠実だった。
工場で作ったかまぼこの販売と、そばなどを出す飲食スペース(看板では「そば居酒屋」)があった。なお、明田地下道の通りの東側(広面字小沼古川端)に「広面店」もあったが、2017年7月~2018年7月の間にやめている。
したがって、大雨被災後の宮城屋蒲鉾店は、大町店での飲食事業だけをしていたはず。
7月17日、大町店の前を通ると、数人の作業員が店内の物を運び出し、フレコンバッグを廃棄物入れのようにしてまとめていた。当然営業していない。ガラスに張り紙があるのだが、小さくて見えない。
良くない予感がした。
18日に改めて。
作業はしていないが、フレコンバッグが置かれる
張り紙を拝見。
「大町店で蒲鉾製造販売を再開するため、店舗改装に入らせて頂きます」「しばらくの間、お休みさせて頂きます。」「再開の際は何卒よろしくお願い致します。」
なんと、大町に工場を移し、蒲鉾製造を再開するのだった!! 予感が良いほうに裏切られた。
具体的な再開予定や、再開後どういう店舗形態になるか(今まで販売店+飲食だったところに工場を加えると、狭いのでは)分からないが、良かった。
秋田のかまぼこの灯は消えず、次の正月は宮城屋のかまぼこを食べられるかも。ご健闘をお祈りします。【その後は末尾追記参照】
通町橋から。左が宮城屋の側面
ところで、大町店はいつできたか。
この通りが拡張されて再整備された、1990年代後半だろうなと思っていた。ちなみに、今の通町橋は1998年竣工。
大町店は、先日の記事でも取り上げた、秋田市の「市民が選ぶ都市景観賞の受賞」を受賞していた。平成3(1991)年度の第8回。同回ではアトリオンも受賞。アトリオンは1989年オープンなので、新築即受賞ではなく、宮城屋もその可能性はある【末尾追記参照】。
したがって、思っていたよりは古い。その時点で拡幅は決定していたので、それに合わせた位置に建てられたと思われる。当時も通っていたのに、何も記憶にない。
【10月6日追記・2024年10月6日付 秋田魁新報 社会面より】
・「パッケージなどの装いも新たに今月(注・2024年10月)下旬以降に商品を販売する予定」
・4代目店主は47歳
・「1988年に旭川沿いの現在地に移転し、食事処を設けた。」
・製造終了を決めた後、「製造再開を求める声が数多く届」き、「事業継続の方針に転換。」
・「多額の復旧費が事業再開のネックとなっていたため」「店舗内に作業場を設けることで経費の圧縮を図った。」
・旧工場より狭くなるため不都合が生じないよう「同じくらいの広さで営業している宮城県気仙沼市のかまぼこ製造「かねせん」を視察。」
・改修後は「来店客にもかまぼこ製造を見てもらう造り」「食事処は10月2日再開」
・「生産量は従来より減るため、商品ラインナップは「巴巻」「赤山」「白山」「寅巻」「伊達巻」の5種類でいずれもワンサイズとする予定」
【10月30日追記・現地の「お知らせ」掲示より】蒲鉾は「11月上旬販売予定」、食堂は「年内休業」とのこと。
【11月13日追記・秋田放送、秋田テレビの報道より】11月13日から、かまぼこの販売再開。
しゃれたデザインの紙箱に入って販売。機械が変わったためか、かまぼこの形状も若干変わって、従来は「底」があった巴巻や寅巻は、円柱というか筒状になった。