🌸太平洋戦争を始めた東條英機
⛳東條英機開戦時の首相として罪を問われる
☆極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判が行われた
*「A級戦犯」として逮捕された28人
*「A級戦犯」として逮捕された28人
*世界11力国の代表によって罪を裁かれた
*裁判の結果、7人に絞首刑
*裁判の結果、7人に絞首刑
*残りの者には、終身刑や有期刑が言い渡された
☆極刑に処せられた東條英機
*彼の独断で開戦が決められたわけではない
☆極刑に処せられた東條英機
*彼の独断で開戦が決められたわけではない
*誰が首相でも同じ決断を下したともいわれている
☆彼だけに戦争責任を押しつけることはできない
☆彼だけに戦争責任を押しつけることはできない
*対米英開戦での最高責任者の座にあったことは事実だ
⛳ギリギリの交渉の末の開戦
☆東條は、メモ魔といわれるほど凡帳面な性格
*些細なことでもメモをとらなければ気が済まない
*キレ者で「カミソリ東條」と呼ばれて恐れられていた
☆東條がが首相になったのは、アメリカとの外交交渉を続けるか
☆東條がが首相になったのは、アメリカとの外交交渉を続けるか
*開戦に踏み切るかというギリギリの決断を迫られる時期だった
☆この時期に東條英機が首相に選ばれた理由
☆この時期に東條英機が首相に選ばれた理由
*軍部を自重させるには
*軍人出身の彼こそがふさわしいのではと、期待されたから
☆一度狂い出した時代の歯車は誰にも止められなかった
*アメリカとの交渉を続けながら平行して開戦準備も行い
*アメリカとの交渉を続けながら平行して開戦準備も行い
☆交渉決裂したらすぐに開戦するという方針が決められた
*日米間の交渉は両者一歩も譲らないまま決裂
*日米間の交渉は両者一歩も譲らないまま決裂
*東條は開戦にふみきった
⛳東條英機の生真面目さがあだになる
☆日本が勝利を続けた開戦当初
*東條は欧米列強からアジア諸国が独立することを奨励
*大東亜共栄圏の構想を掲げた.
☆″アジアの共存共栄″とは名ばかり
*実質上は資源の確保をしたい日本の占領続治だった
☆ミッドウェー海戦の敗北から、日本の戦況は悪くなる
☆″アジアの共存共栄″とは名ばかり
*実質上は資源の確保をしたい日本の占領続治だった
☆ミッドウェー海戦の敗北から、日本の戦況は悪くなる
*東條への批判も高まり、東條内閣は崩壊した
☆戦中、アメリカと和平交渉に入る機会は何度もあった
☆戦中、アメリカと和平交渉に入る機会は何度もあった
*勝利を収めている段階で交渉に臨むこともできた
☆「戦うからには勝たなければならない」を信条とした東條
*あくまで戦いを続行した
*彼の厳格な性格が時流に災いした結果
*彼の厳格な性格が時流に災いした結果
*大平洋戦争という悲劇は起こってしまった
(敬称略)
⛳知識の向上目指し、記事を参考に自分のノートとしてブログに記載
⛳出典内容の共有、出典の購読、視聴に繋がればと思いブログで紹介
☆記事内容ご指摘あれば、訂正・削除します
⛳私の知識不足の為、記述に誤り不明点あると思います
⛳投資は、自己責任、自己満足、自己判断で
⛳詳細は、出典原書・記事・番組・画像でご確認ください
⛳出典、『日本史の黒幕』
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7a/bf/ff61315d69f955f7ea37e4c7393be1d8.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/05/9241186256da4cea361130d9e984f26d.jpg)
「東條英機」「東條の性格」「日本国敗戦」
(『日本史の黒幕』記事より画像引用)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます