🌸四国遍路の掟の数々17(聖地に残る怖い信仰)
☆神霊や死者の世界とのつながりが深い八十八ヶ所巡り
☆実行するときは、神仏への敬意を忘れずに
⛳空海ゆかりの巡礼法の歴史
☆「遍路」とは、弘法大師空海ゆかりの霊場八十八ヶ所を順に巡る旅
☆四国遍路の最初は、海岸部の霊場を巡礼する「辺路修行」だった
☆一般化したのは江戸時代で、巡礼者の構成が大きく変化した
☆「遍路」とは、弘法大師空海ゆかりの霊場八十八ヶ所を順に巡る旅
☆四国遍路の最初は、海岸部の霊場を巡礼する「辺路修行」だった
☆一般化したのは江戸時代で、巡礼者の構成が大きく変化した
*修行目的の僧侶や旅行者もいた以外に
*メインは貧困者、病気や心身の障害者、郷里を追われた人々中心
☆四国遍路には「お接待」の風習があった
*それが、追放者たちが巡礼者となった理由
☆四国遍路には「お接待」の風習があった
*それが、追放者たちが巡礼者となった理由
*社会的弱者たちが、お接待を頼りに遍路へとやってきた
☆誰でも施しを受けられるほど、現実は甘くなかった
*僧侶や健康な巡礼者ならばまともに扱われた
*社会的弱者は、病の伝染を恐れた人々によつて疎まれた
☆明治時代、警察が「遍路狩り」と称して巡礼者を弾圧した
☆生活目的の巡礼がなくなったのは1960年代から
*社会保障が充実してきたため
☆平成時代
*「八十八ヶ所を逆に回ると死の世界につながる」といわれた
*映画、四国を舞台としたホラー映画『死国』の影響
*子どもを亡くした母親が八十八ヶ所を逆回りする
*「逆打ち」をして、我が子を蘇らせようとする内容
⛳あの世とつながる巡礼法
☆逆打ちは、実在する巡礼法
*順打ちの3倍ものご利益を得られるという巡礼法
☆江戸時代、衛門三郎という男の逸話
*ある日、男の屋敷に僧侶が訪ねてきた
*三郎はその貧相な姿を見て僧侶を叩き出した
*三郎は子どもを次々に亡くすという不幸に見舞われた
*僧侶の正体は空海で、三郎は空海を無下に扱った罰を受けた
☆三郎は空海への乱暴を心から後悔した
☆三郎は空海への乱暴を心から後悔した
*空海に会って謝罪するため、八十八ヶ所巡りを始めた
*遍路を何回も回っても、空海との再会は叶わない
*20回目の遍路で逆回りをして追いつこうとした
*三郎は、疲労からきた病で倒れてしまう
*20回目の遍路で逆回りをして追いつこうとした
*三郎は、疲労からきた病で倒れてしまう
*その死に際で、三郎の前に現れたのが空海だった
☆三郎は罪を許され、息を引き取ったと伝えられている
(敬称略)
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⛳出典、「本当は怖い日本の聖地」
四国遍路の掟の数々17(聖地に残る怖い信仰)
(「本当は怖い日本の聖地」記事より画像引用)
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