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花・昆虫との田舎暮らし暦

田舎暮らしも13年目、木々・草花・鳥・昆虫等々、自然は初めて知ることが多く楽しい。色々な経験を紹介していきたい

秋から冬へ カラスの巣 ミノムシ 蠟梅・梅の開花 ヒヨドリ

2020年12月31日 | 田舎生活

 晩秋になり木々の葉が落ちる。いままで隠れていたものが見える。神社の入り口にある大きな欅の木である。カラスの巣のようだ。カラス、春先の作品だと思う。見ての通り大きな枝を組み合わせて上手に作っている。巣作りの時、我が家では金魚の水を濾すために使用している棕櫚が最も狙われる。それから農作業に使用している縄類・針金なども持ち去る。

  

 冬の風物詩の一つ、ミノムシだ。虫により作り方がかなり異なるようだ。先ずは普通の作り方でぶら下がるように作られている、これは梅の枝である。そして縦・横自由に作る虫もいる。ザクロの木だがたくさんのミノムシが色んな方向を向いている。

  

 今日は大晦日、まだ年内である。椿も多くの種類が早く咲いているように感じていたのだがこちらも早い。蠟梅(ロウバイ)だ。初春、最初に咲く花の一つだが今年はいかにも早い。

  

 昨日の時雨時、虹が出来ていた。冬に虹は少ないように思うが。手前の木は梅。まだ蕾は固い。と思っていたら散歩道で梅の花を見つけた。比較的、小梅の花は早いように思うが早過ぎる。もう1度、言いたくなる。今日は未だ大晦日だ。

  

 雪が積もるとヒヨドリが必ず来るようになった。毎朝、リンゴの芯の部分をベランダに置いておくと躊躇なく食べていく。

  

 31日大晦日が明ける。薄っすらと積雪している。近くの茶畑の光景だ。

  

 間もなく大晦日も3時になる。雪は午後になり本格的な降り方になった。大きな牡丹雪があっという間に家々・田畑を覆っていく。木々にも牡丹雪ならばこその光景が創られる。正に”雪の華”だ。蛇足だが”雪の花”は雪が降る様子を言うようだ。

  

 現役時代、カラオケ事業に20年携わった。お陰で、と言うのも変だが飲んでないと歌えなかったカラオケが、アルコールなしでも歌えるようになった。今年はカラオケにもあまり行けなかった。カラオケに行き、帰る直前は”宗右衛門町ブルース”と決めている。♫・・・さよなら さよなら また来る日まで・・・のフレーズが気に入っている。年の暮の歌は?と考えて見る、やっぱり”雪国”だろうか。♫・・・今年も終わりですね・・・。今年はよく歌わせてもらった多くの作詞・作曲家が亡くなった、淋しい限りだ。中村泰司氏・なかにし礼氏そして筒美京平氏も。今年のお別れの歌は尾崎紀世彦氏が歌った”また会う日まで”か。阿久悠作詞・筒美京平作曲のレコード大賞曲である。ー合掌ー

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初雪が大雪に 金華山から恵那山 雪被害 ヒヨドリ来たり

2020年12月25日 | 景色

 昨冬は全くと言ってよいぐらいの雪しか降らなかった。今冬はと思っていたらいきなり来た!先週の初雪、いきなり大雪になった。16日(水)朝の雪、夜半での雪だから15日初雪かだが明けたときには20cmほど積もっていた。家から西の方角にある池田山から続く山々の景色、そして東方向岐阜市の方角を望む。

  

 岐阜市の方角を拡大した写真だ。今回の雪、岐阜市は5cmの発表だった。右の山が金華山で頂上に織田信長ゆかりの岐阜城がある。真ん中遠く雲がかかっているのが恵那山だ。明けて17日の早朝の写真だ。の積雪は30cm近くになっていた。

  

 柿畑そして梅畑である。1枚目の柿は渋柿で根元に広がるのは茶畑、渋柿は夏の日差しからお茶を守るために植えられたようだ。

  

 はるか遠くの雪を被る山、面白い形をしている。これは石灰岩の採取場で丸く山を囲む線状に見えるのは道、ダンプカーがここをグルグル回りながら頂上の採取場に向かう。そして我が家の棒樫、雪の多さがわかる。

  

 庭のモチノキと小さい木は槇の木だ。モチノキのてっぺんの雪、青空に美しい。

  

 一番右が先ほどのモチノキそして槇の木、一番左はチャボヒバだ。太陽が欅の向こう側にある。木の葉を落とした欅は雪を付けて離さない。

  

 ヒヨドリが餌を求めて飛んでいる。リンゴの輪切りをベランダに置くと直ぐに来た。ヒヨドリは甘い実のほうが良いのか、リンゴの芯の部分から食べる。3日間かけて1個のリンゴを食べてしまった。1羽が来ているのか何羽かが交代で来ているのかはわからない。不思議と2羽が一緒に来ることはなかった。

  

 美しいこと・楽しいことばかりではない。2枚とも2階のベランダから写したものだが最初の写真は直下の藤棚を写したものだ、見事に崩れた。2枚目はビニールハウスが雪の重みで潰れたものだ。

  

 今回の雪、多くの水分を含み重いものだったようで被害が多かった。トネリコ・ユキヤナギ・ビワ更には利休梅に柑橘類も結構な枝が折られた。土手にあった温州ミカンの1本は虫にもやられていたようで根元から折れていた。藤棚は門の傍にあるダルマフジの棚も壊れた。藤棚はそろそろ修繕が必要と思っていたところなので諦めもつく。が、ビニールハウスはカバーを新しいものに替えて2年目だった。呆然と眺めながら・・・ちょっと長めの食パンに白いクリームを塗ったようだ・・・”なに、かんがえてんのか・・・”。  

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月と金星の接近 夜明け 紅葉(モミジとドウダンツツジ)薪棚の竹囲い 初雪 寒そうなキジバト

2020年12月17日 | 田舎生活

 今週の初め頃だったろうか、6時前に目覚めた。朝のルーチンを終わりベランダに出ると月と金星が接近している光景が見えた。極細の三日月が金星を守っているようだ。それから東の空に雲が張り出し1時間後、こんな日の出となった。

  

 多くの葉が散り、紅葉もいよいよ終わりに近づいた。前を通る道からの光景だ。手前の小さな木2本はドウダンツツジそしてモミジだ。余談だが手前の電柱は我が家のために立ててくれたものでここで電線は終わっている。

  

 北国には雪囲いなるものがあるようだ。我が家では雪のためだけではないが薪棚を囲う竹柵を作っている。大分、古くなり台となっているパレット・竹とも傷んできたので作り直した。目的は薪が崩れないこと、そして雨・雪に濡れないためである。最後に美観も考える。90cm幅で高さ2mを4つ並べている。

  

 薪棚を作り直して1週間、待っていたように雪が来た。15日に初雪、明くる16日の早朝の景色だ。平年より5日、遅いそうだ。が、初雪がこの多さには準備が万全でなく参る。

  

 雪が降ると鳥たちは餌を探すことが出来なくなるのか手持ち無沙汰そうに、そして寒そうに電線・木々に止まっている。電線に多くのキジバトが集まっている。今年、刈り込んだクルミの木にもいる。寒さを防ぐためか羽を膨らませているように見える。

  

 思い返してみると昨冬は12月に入っても全く雪の気配がなく、♫待てど暮らせど・・・と宵待草を歌いたい気分が続いた。結局、初雪は2月10日だった。昨冬、ぼやいたのが天に届いたか今冬は15日に初雪、そして16日には20cm近くの積雪となった。テレビは昨年より57日早いと報道するが驚くのは昨冬の遅さだろう。それにしても天も人が悪い、”過ぎたるは及ばざるが如し”と習ったものだが。

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日の出 サザンカ ヒイラギの花 皇帝ダリアとヒヨドリ 生ごみ処理箱とイタチの頑張り モズのはやにえ(早贄) 

2020年12月11日 | 出来事

  日の出、晴れていても曇っていても美しい光景を見せてくれる。山の嶺からの光が”ここやで”と言うかの如く、光の帯を真っすぐ空に引く。間もなく日の出である。

  

 サザンカがこれでもかと言うぐらいに咲いた。ご近所を見てもたくさんの花を付けているのは椿ではなくサザンカだ。まだ蕾がたくさん見えるが花の大きさはどんどん小さくなっていく。

  

 玄関先でもう一つ、地味だが清楚な雰囲気のある花が咲く。ヒイラギだ。JAのスーパーで残り物を100円で買ってきたのは何時だったろう。10cmぐらいの木だったが10年近く経ち、こんな大きさになった。

  

 皇帝ダリアも今が盛りだ。この花、霜が降りると一変、見事と言うぐらいに枯れてしまう。知ってか知らずか今日もヒヨドリが来ている。”よし、朝食”と言うところだろうか。

  

 もう一つ食事の話。このところ毎日のように生ごみ処理小屋に侵入する悪漢がいる、イタチだ。小屋の下部に深く穴を掘り侵入してくる。これで3ヵ所目、可哀そうだが今回は広く補強を施すぞ、と意気込む。

  

 こちらには餌を蓄えている鳥がいる。棘の鋭いナツメの木に虫が突き刺さされている。”モズの早贄”だ。棘のある木は覚悟していないとびっくりさせられる。このような毛虫のようなものから昆虫更にはカエルなど爬虫類も多い。

  

紅葉は終わり近くになってきたが今年はイチョウの黄葉が遅かったようだ。ところでモズのハヤニエ、棘の木が多い我が庭にはたくさん見受けられる。縄張りを表すとか保存食などと言われているが本当のところは不明だそうだ。食べ物を保存して置いて忘れる、私もあったような気がするが・・・思い出せない。恥ずかしい話を思い出した。田舎にいたとき、隣のおばさんちで餡入りの蒸し団子(田舎団子)を頂いたが餡子が食べたくて皮を破れた障子の穴から外へ捨てながら食べた。まんまとしてやったりで満腹で家に帰ったが・・・当然、後でバレた。懲役2日、執行猶予10年。それぐらいの間、笑い話のネタだった。

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冬の月 春日局出生地碑 白樫城・王一族 お福(春日局)の墓 白樫神社 内田仙司翁

2020年12月04日 | 果実・花

一昨日はゴルフ、今年の最終ラウンドだ。朝こそ少しの風でも寒さを感じたが時間とともに暖かくなり、終わる頃には”これで終わり、勿体ない”と思うラウンドだった。スコア?それはまあ置いといて、っと。冬の月だ。今頃の月の出は早く、山あいの我が地でも5時前に上り始める。写真は昨日の朝、上り始めた月そして今朝、太陽が上り始めたときに西の空に残る月だ。早朝7時過ぎ、まだ空にある。

  

 11月半ば、揖斐川町で”斎藤利三(としみつ)”に関する遺跡を回りながらの講演があった。岐阜女子大学の丸山幸太郎氏の話だったようだ。”ようだ”の言葉からのご推察通り私は不参加で後日、参加した女房に連れられて回った。斎藤利三、ご存知ない方も多いだろうが私も全くわからなかった。揖斐川町の山間に城址が残る白樫城の城主だったようだ。初めて知ったがお福、後の春日局の父である。揖斐川町を北に走ると泥沿いに白樫地区一帯の説明看板と春日局出生地の碑がある。白樫城はかなり山の上だ。

  

 説明書きでも山の上の方に白樫城があったことが示されているが車で行けるところに白樫城・王一族の墓がある。城主の3つの墓の横にある小さい墓がお福の墓だ。

  

 車で移動すると白樫神社と言う立派な鳥居のある神社に至る。今では、こんな山の中に”ぽつんと一軒家”だがお城までの山道の途中、かなり開けた所だったのだろう。

  

 白樫神社の横に銅像がポツンと立つ。説明書きを読むと”内田仙司翁”とある。京都で修業し宮大工の名匠として知られるようになり東本願寺など多くの寺社建築を手がけたようだ。

  

 斎藤利三の話に戻るが利三は斎藤道三の家臣から明智光秀に仕えるようになり、天下分け目の戦い”山崎の戦い”に参加し捕えられ、処刑されている。その子お福が稲葉一鉄の息子正成の後妻になり・・・・その後驚くほどいろいろとありながら生き抜き、家光の乳母に納まる。秀忠の嫡男家光と次男忠長の3代目争いで家康に直訴した話で知られている。浅井長政と信長の妹お市の方との間に生まれた三女お江が徳川秀忠の正室となり、その子家光が徳川三代めの将軍となるのだがその乳母が光秀に仕えていた利三の子お福、歴史の不思議さ・楽しさを思い出させてくれ、十分楽しませてくれた。ところで、何故講演会に行かなかったのかって?それ、聞く?今までの雄大な歴史の話に比べ、小さい話なのだが”エリザベス女王杯”があったのです。ハイ、競馬です。

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